第十二章 決着

第十二章一節 動員

 シュランメルトは頭を冷やすために、いったん玉座の間を後にした。


「ううむ……。どうもおれは、シャインハイルの関わる事に関しては、冷静さを欠くきらいがあるな」


 自らの心を落ち着けるために、拳を握りこむシュランメルト。

 と、そこにシャインハイルが通りかかった。


「シュランメルト。あまりわたくしを寂しがらせないでくださいませ」

「済まん、シャインハイル。失念していた」


 詫びるシュランメルトを、シャインハイルが優しく抱きしめる。


「貴方が突然走り出すのは、何かしらの事情があるのです。そうでしょう?」

「ああ。はは……そこまで見透かされていたか」

「当然です。何年の間行動を共にしたとお思いなのでしょうか」


 シャインハイルは豊満な胸元を押し付けながら、シュランメルトにのしかかるようにして抱きついている。


「もっとも……7年前に一度、離れ離れになってしまいましたが」

「7年前、だと……?」

「はい。ハドムス帝国からの侵略を、もう少しで完全に押し返せる、そんな時でした。貴方がわたくし達の前から失踪されたのは」

「やはりか。どうにも、おれの記憶喪失と7年前の戦争には、強固な結び付きがあるようだな」

「そうですわね……。ところで、シュランメルト」


 はたとシャインハイルが思い出す。


「貴方はどうして、部屋を抜け出したのでしょうか?」

「ああ……それか。実はな……」


 シュランメルトは、“将軍”からグロスレーベに送られた手紙の内容を包み隠さず話した。


「そうでしたか。かしこまりました」

「やけに冷静だな? まあいい。ともかく今は、玉座の間に行くぞ」

「はい、シュランメルト」


 かくしてシャインハイルは、シュランメルトとともに玉座の間へ向かった。


     *


「シャインハイルか。起きたのだな」

「はい、お父様」


 玉座の間では、いつの間にか特等とくとう将官しょうかん――ベルグリーズ王国軍における最高階級で定数は3名、集まったのはその内の3名、すなわち全員――が集まっていた。

 シャインハイルとシュランメルトの姿を見るなり、即座に礼を行う。


「皆様、大儀たいぎですわ」


 シャインハイルもまた、礼を返した。

 既にグロスレーベよりシュランメルトの正体を聞かされていた3名の特等将官は、彼が礼をしなかった事を咎めなかった。


「さて、丁度良い時にいらして下さいました。御子みこ様」


 グロスレーベがシュランメルトを見て、告げる。

 直後に発せられた一言に、シュランメルトは驚愕した。




「我々は“ヴォルフホイル”拠点への総攻撃を、全員一致で決定致しました」




 “ヴォルフホイル”への総攻撃。

 それを聞いたシュランメルトは、喜ぶよりもむしろ驚愕した。


「それは……シャインハイルをさらった事と、先程の手紙が原因か?」

「はい」


 答えたのは、特等将官の一人であった。


「元々非合法な暴力組織ではありましたが、姫殿下を拉致した時点で既に“紫焔騎士団”を差し向けておりました。ベルグリーズ王国全土にある各拠点の正確な位置を割り出し、対応する地方の軍を動員する手はずでございます」

「やはり、いくさとなるか……」


 シュランメルトは元々、“ヴォルフホイル”に対しては敵意だけがあった。

 しかしそれを踏まえても、心のどこかで、いくさに対する抵抗を覚えるのだ。


「もっとも、いくさと呼べるかは怪しいですが」


 こう告げたのは、別の特等将官である。


「“将軍”と呼ばれる指導者がいるのは、本部のみ。そのように情報を得ております。支部に関しては、いかに元王国軍がいたとしても、所詮は烏合の衆でしょう」

「指揮官に適正がある人物が本部だけとは思えないがな」


 シュランメルトは、自信満々な発言に異を挟む。

 が、特等将官は構わず答えた。


「支部の者は、“将軍”と比べれば練度に劣ります。加えて投入する戦力の数は、定石とされる3倍を遥かに上回る予定。正規軍で完全に殲滅しうるでしょう」

「楽観的過ぎるな?」

魔導騎士ベルムバンツェの性能と操縦練度は、正規軍が上。連中はロクに訓練をする様子が無い、そう紫焔騎士団から報告を受けています」

「なるほどな……。ならば、後は何も言うまい。だが、問題は本部だ……」


 シュランメルトはグロスレーベに、新たな質問を投げかけた。


「“将軍”とやらの実力が未知数だ。単なる犯罪組織と言うには大きすぎる規模の組織をまとめたのだ、人をきつける何かがあるのだろうが……」

「それに関しても、紫焔騎士団からの報告を受けております」

「教えてくれ」


 グロスレーベは落ち着いて、シュランメルトに向かって報告を読み上げる。




「“将軍”の正体。それは元1等将官です」




「何だと? ……ぐっ」


 シュランメルトはその名前を聞いて、軽い頭痛を覚える。


「「御子みこ様!?」」

「シュランメルト!?」

「……大丈夫だ。もう治まった」


 一同を手で制しながら、シュランメルトは立ち上がる。


「ともあれ……なるほどな。かの英雄が“将軍”であるならば、半端な戦力では返り討ちにされる……か」

「流石でございます、御子みこ様。ベルグリーズ王国を守り抜いたアルフレイド元1等将官であれば、守りいくさには絶対の自信がある。だからこそ、相応の戦力を求めるのです」


 特等将官はグロスレーベを見て、要望を手短に告げる。


「陛下。“リラ工房”からも、戦力の抽出を希望します」


「何だと!?」


 シュランメルトの驚愕と怒りの混じった声が、玉座の間全体に響き渡った。

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