第十章九節 問答

「貴様……オティーリエか」

「その通り。御子みこ様……いや、シュランメルト・バッハシュタイン!」


 オティーリエは敵意をむき出しにした瞳で、シュランメルトを真正面から睨みつける。


「いい加減にしなよ、オティーリエ!」


 当然、パトリツィアが止める。

 以前にもシュランメルトを殺そうとした相手だ。いかに武器を持たずとも、止める事に躊躇は無い。


 しかし、意外な事に。

 シュランメルトが、パトリツィアに制止を取りやめさせたのだ。


「いや、いい。話を聞かせてくれ、オティーリエ」

「シュランメルト!?」


 パトリツィアが驚くが、シュランメルトの真剣な目を見て、ゆっくりと下がった。

 そこまで確かめたシュランメルトは、オティーリエから話を聞きだす。


「感謝しよう。これで何の憂いも無く、お前に問う事が出来る」

「いかなる問いだ?」


 オティーリエはシュランメルトの目をまっすぐ見て、問うた。


「お前に、守護神としての覚悟はあるか?」


 問いに対してシュランメルトは即答せず、これまでの記憶を思い浮かべる。


 彼はフィーレを助け、リラ達と出会い。

 シャインハイルと、夢と現実のそれぞれで再会し。

 Asrielアスリールより、「守護神の息子である」という出自を聞き。

 パトリツィアと出会い、人となりを知り。

 神殿騎士団の存在を知り。

 そして今、シャインハイルを助け出している。


 そう。彼には、守るべき者が、すぐそばにいる。


 最早、迷いは無い。

 シュランメルトは、確固たる意思を持って答えた。


「ある」


 その回答を聞いたオティーリエは、無表情に告げた。


「ならば、行け。行って姫殿下を無事にベルリール城へお返ししろ。シュランメルト・バッハシュタイン」

「そうしよう。オティーリエ・アンゾルゲ・アズレイア」


 別れ際に呟きつつ、シュランメルトはシャインハイルをお姫様抱っこし、元来た道を疾走する。


「きゃっ!? シュ、シュランメルトぉ……!」

「いいなーそれ、今度ボクにもやってよー!」


 一同は何の障害も無く、アジトを後にしたのであった。


     *


「後はベルリール城に帰るだけか」


 そう言って、目の前に見える出口へ向かおうとする3人。


「待てッ!」


 そこに、一つの影が現れる。


「何者だ? 悪いが、貴様の相手をしている暇はない」

「残念だが、ここは通さん。が、そこの女性二人は別だ。先に行け」

「えっ?」

「いいの?」

「構わない。用があるのは、男だけだ」

「そうらしいな。行け、パトリツィア、シャインハイル!」

「わ、分かった! 行くよ、シャインハイル!」


 パトリツィアに手を引かれ、シャインハイルが離脱する。

 残ったシュランメルトは、目の前の男をじっと見た。


「貴様、どこかで……」

「ええ。リラ様の屋敷に、一晩泊めさせていただいた者です」

「あの旅人か! 何故おれの邪魔をする?」

「貴方と戦いたいからですよ」


 そう言って、男は腰の剣を手に取り――放り捨てた。


「何のつもりだ?」

「貴方とは素手で戦いたい。応じていただけますかな」

「貴様を信じろと?」

「疑っていただいても結構ですよ」


 飄々ひょうひょうと返す男。

 シュランメルトは意図を掴みかねるが、何もしなければ埒が明かないと考え、応じる事にした。


「良いだろう。望み通り、素手で戦おう」


 シュランメルトもまた、手にしていた剣を放り捨てた。

 拳を握りしめ、胸の前で構える。


「だが……命の保証は無いぞ」

「心得ております」

「ならば良し! 行くぞ!」


 シュランメルトは小細工抜きの真っ向勝負で、正面からワンツーを繰り出す。

 男は上半身をわずかに動かし、拳を避けた。


「フッ!」


 そこに迫りくる、シュランメルトの右脚。

 男の左脇腹を狙った一撃は、しかし男の腕で防御される。


「これでも鍛えているもので」

「そうか」


 シュランメルトは素早く脚を戻し、フェイントを織り交ぜた連撃を繰り出す。

 が、次々と捌かれた。


「ふむ、かなりやるようだな」

「意外ですか?」

「意外だ……ッ!」


 側頭部に飛来した男の左脚を、しゃがんで回避する。


(危なかった……。直撃していれば、タダでは済まなかっただろうな。だが、どこかで……)

「遅い!」


 シュランメルトの反応がわずかに遅れ、拳が左頬を掠める。


(かすった……だが、次は足払い!)


 素早く後方に飛び退く。

 直後、男の右脚がシュランメルトの両脚のあった場所を通り抜けた。


(そうだ、おれはこの戦い方を知っている……! 今だ!)


 脚を振り切ったところを、シュランメルトがタックルする。

 男が体勢を崩したその時、顔面に2, 3発の拳を叩き込んだ。


「ゲホッ……!」

「終わりだ!」


 駄目押しにもう一発叩き込み、勝負はついた。


「さらばだ。名も知れぬ男よ」


 そしてシュランメルトは、急いでパトリツィアとシャインハイルの後を追った。


     *


 アジトから出たシュランメルト達は、Asrionアズリオンを召喚する。


「さて、シャインハイル。狭いが、おれの膝の上に座っていてくれ」

「はい、シュランメルト」


 後部座席はパトリツィアが占有している――占有しないと飛翔出来ない――。結果として、シャインハイルは正面からシュランメルトと向かい合う、そのような強引な座り方をしていた。


「……む?」


 と、シュランメルトの耳に、ズシンズシンという足音が聞こえる。

 轟音にも似た足音を出せるのは、魔導騎士ベルムバンツェだけだ。


BladブラドBeschärldベシェールトBispeerldビースペールトまで……。何でもいるけど、全部左肩に狼の模様があるね、シュランメルト」

「数は?」

「見えるだけだと15台かな」

「承知した。シャインハイル、しっかり掴まっていろ。全滅させる」

「はい、シュランメルト」


 シュランメルトは拡声機を起動すると、短く「どけ」とだけ告げる。

 しかし、魔導騎士ベルムバンツェ達はどかなかった。


「だろうな。だからこそ、排除させてもらうぞ」


 Asrionアズリオンが周囲の魔導騎士ベルムバンツェ達を殲滅せんめつしたのは、それからわずか1分と経たない間の出来事であった。


     *


 シュランメルト達が完全にアジトから去った後の事。

 倒された男は、ゆっくりと起き上がった。


「流石は私の息子だ……。いささかも衰えていなかった」


 男は血の混じった唾を吐きつつ、アジトの奥へと消え去っていったのであった。

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