第十章八節 疾走

 しばらくすると、2つの足音がシュランメルトとパトリツィアの耳に聞こえてきた。

 シュランメルトが、小声でパトリツィアに告げる。


「隠れろ。機を見て仕留める」

「分かった」


 足音が徐々に大きくなる。

 シュランメルトははやらず、あくまでも冷静を保ちながら脳内で予想を組み立てていた。


 そして人影がかどまで差しかかったとき――


 シュランメルトとパトリツィアが、まったく同じ動きをして、踊るように襲撃者の右膝を蹴飛ばす。

 そのまま背後に回り込み、首の骨をへし折った。


「良し、警備は排除した。腰元の剣を借り受けるとしよう」

「そーだね。素手じゃちょっと、心もとないかな」


 死体をズルズルと物陰に運んだ二人は、腰元に留められていた剣を鞘ごと持っていく。


Asrielアスリール! おれ達以外の反応はあるか!?」

『半径100m以内にはありません』

「承知した」

『しかし、妙な事が立て続けに起こっていますね……』

「何があった?」


 Asrielアスリールは一瞬の間を置くと、先程よりも大きな声でシュランメルトに伝える。


『貴方から見て150mほど東、いえ右側に……多数の反応があります』


「何だと?」

『落ち着いてください、シュランメルト。話はまだ続いています』

「済まん」

『多数の反応がありますが、動く気配はありません。むしろ、反応の9割が微動だにしていない状態です』

「死んでいるのか?」

『いえ、死んでいるのであれば反応は出ません。貴方達が無力化した2つの反応は、すぐに消失しました』

「となると、何かの集まりか……」

『その可能性は十分にあります。さらにもう一つ』

「何だ?」

『今見える道から300mは、反応が一つもありません。奥にある反応の発信源まで、一直線に進めます』

「ならば急がねばな。そうだ、Asrielアスリール

『何でしょうか』

「もしおれ達に、横や後ろから反応が迫ったら警告をくれ」

『かしこまりました』


 シュランメルトはAsrielアスリールに要件を伝えると、パトリツィアに合図する。


「今は敵がいない。一気に奥まで駆けるぞ」

「りょーかい!」


 二人は全力で疾走し、奥の反応まで向かった。


     *


「姫殿下。お下げします」

「お願いしますわね」


 シャインハイルは僅かに覚えた食欲を満たすために、アサギに食事を出してもらっていた。

 何故か専属の世話係がいるとはいうものの、余計な消耗を抑えるべく、また希望を持ち続けるべく、アサギとの会話を積極的に取っていたのである。


 食器を洗う音を聞きながら、シャインハイルは天を仰いでいた。


(希望はあります。神殿騎士団の団員がここにいるのですから、少なくとも、死ぬことや退屈することは無いでしょう。ですが、やはり息苦しいものです……)


 シャインハイルは、右の拳をぐっと握り込む。

 と、その時だった。




 シャインハイルの耳に、が聞こえたのだ。




(……? 聞き間違いでしょうか?)


 その時、キッチンからアサギがやって来た。


「姫殿下、どうやらわたしの役目はここまでかもしれません」

「どういう意味でしょうか?」


 アサギははっきりと、シャインハイルに告げた。


「この気配は、御子様と“変わり身”様のものです」

「えっ?」

「言葉通りです。そしてこのお二方がやって来た場合、わたしは、いえわたし達は持ち場を放棄して逃げるよう、団長からの命令を受けております」

「それは、シュランメルト達が来てくれるというものなのですか?」

「はい。その通りです」

「……ッ」


 シャインハイルが、安堵の表情を浮かべる。

 それを見たアサギは、満足げに呟いた。


「短い間でしたが、ありがとうございました。それでは、わたしはここで失礼します」

「はい……!」


 シャインハイルはアサギを見送るのも忘れ、胸にこみ上げる熱いものを感じていた。


---


 牢屋を後にしたアサギは、もう一人の神殿騎士団員――オティーリエ――と話をしていた。


「オティーリエ。鍵は開けておいてね」

「はい。ただ……」

「ただ?」


 アサギが首をかしげ、オティーリエの話を聞いた。


「言われた通り、剣は本拠地に置いてきました。それでも私は、一つだけ問いたい事があるのです」


 オティーリエの目は、あくまで真剣であった。


     *


「ここか!?」


 シュランメルトが見たものは、檻の中にある扉であった。


「シャインハイル!」

「待って、シュランメルト……あれ、開いた?」


 シャインハイル達の反応がこの近くにある、そう確信したシュランメルトは、無警戒にも檻を開く。

 しかしその檻には何故か鍵が刺さっており、あっさりと開いたのだ。


 だが、まだドアがある。


「邪魔だ、押し開けるぞ!」

「待ってってば! 落ち着いて、シュランメルト!」


 パトリツィアが、大きな声でシュランメルトを止める。

 と、ドアがひとりでに開いた。


「シュランメルト……?」


 声の主は、シャインハイルであった。


「シャインハイル!」

「シュランメルト!」


 シャインハイルはシュランメルトを見るや否や、抱きしめる。


「シュランメルト…………シュランメルトッ!」

「よく耐えた、シャインハイル」


 と、パトリツィアがシュランメルトとシャインハイルを引っ張る。


「感動の再会は城でやろう! 今は出るよ!」

「待て!」


 そこに、新たな声が響く。




 シュランメルト達が見た先には――オティーリエが、仁王立ちで待ち構えていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る