第十章六節 囚姫

 時は、数時間程遡る。


 シャインハイルは眠ったまま、1台の魔導騎士ベルムバンツェの操縦席内部に連れられていた。


「では、参ります。少々手荒ですが、ご容赦くださいませ」


 シャインハイルをさらった影――“将軍”――は、魔導騎士ベルムバンツェを操ってどこかへと向かっていたのである。


     *


「んっ……。ここは、どちらなのでしょうか?」


 魔導騎士ベルムバンツェが停止したのとほぼ同時に、シャインハイルが目覚める。

 彼女の視界には、どこかの格納庫と思しき光景が映っていた。


「……? あら、手が……」


 自らの両手は、手首に掛かるように巻きつけられた縄で自由を封じられていたのである。


「お目覚めになられましたか、姫殿下」


 そこに、“将軍”の声が響いた。

 男性特有の低い声、しかしその声には穏やかさが共存していた。


「貴方は……ッ、そのお顔は! まさか、貴方は……」


 シャインハイルが絶句した後、“将軍”は、静かに頷いて肯定した。




「いかにも。貴女さまと共に肖像画に描かれた、アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲンにございます」




「アルフレイド、1等将官……!」


 信じられないといった様子で、シャインハイルが絶句する。

 “将軍”、いやアルフレイドは、シャインハイルをお姫様抱っこの要領で抱え上げると、魔導騎士ベルムバンツェを降りた。

 生身の人間とは思えない脚力と腕力で、シャインハイルともども無事に着地する。


「脚は縛っておりません。エスコート致します」


 アルフレイドはシャインハイルを立たせると、手首の縄部分と背中に軽く触れ、奥へと進んだのである。


---


「こちらへ」


 アルフレイドが案内した先は、牢であった。

 牢と言っても何も無く、ただ木製の扉だけが入っているように見える。


「何も無い、牢ですわね……」


 言外に、おのれへの待遇の悪さを突くシャインハイル。

 だがアルフレイドは、気にせずに牢を開けると、扉に手を掛けた。


「姫殿下には、しばらくこちらに留まっていただきます」


 扉の中。

 そこはベルリール城の一室にはやや劣るものの、それなりに環境の整えられた一室であった。


「あら、わたくしを王女として遇してくださるのですね」

「当たり前です。このような手段を取るとはいえ、貴女さまは王女。軽く扱う事はどれほど無礼でしょうか」

「そーいう事ですからっ、安心してくださいませ、王女殿下っ!」


 と、幼い声が聞こえた。


「アサギ様、いらっしゃいましたか。今より姫殿下の身柄を引き渡させていただきます」

「はーい、確かに引き継いだよー! お疲れ様、アルフレイドさん!」


 アサギの言葉を聞いたアルフレイドは、「では、これで失礼致します」と言い、いずこかへと去った。

 残ったアサギが、シャインハイルに自己紹介する。


「はじめまして、姫殿下。わたしはアサギ。アサギ・ガイメス・アズレイア」

「初めまして、アサギ様。わたくしはシャインハイル・ラント・ベルグリーズでございます。とは言っても、ベルグリーズではあまねく知れ渡った名前ですが」


 簡潔な自己紹介をする二人。


「姫殿下。わたしがお世話をさせていただきます」

「なるほど。では貴女に立ち向かえば、ここから逃げられると?」


 シャインハイルが抵抗の意思を見せる。

 しかしそれは、やんわりと折られた。


「残念ながら、わたしはここから出る為の鍵を持っていません。オティーリエ……いえ、別の者が持っております」

「あら、ではこの場で抗う意味もありませんね」

「ええ。それに、わたしはこれでも結構強いですよ? 何せ、“神殿騎士団”の団員ですから」

「“神殿騎士団”……。守護神様やその縁者様をお守りするという、一般には伏せられた騎士団でしたわね」


 その単語を聞いて、シャインハイルは椅子に座った。


わたくしも戦い方は鍛えられたつもりですが、まさか“神殿騎士団”を相手に出来るとも思えません。無用な痛手を負うつもりは、ありませんわ」

「賢明です。と、そろそろこれをほどきませんとね」


 アサギが剣を抜き、シャインハイルの両手をいましめる縄を両断する。


「これで良し。ところで、食事をお持ちしましょうか?」

「結構ですわ。今は空腹ではありませんの」


 表情には出さないものの、シャインハイルには心労を抱えていた。

 もはや食欲は無く、ただベッドに横になるだけであった。


 しかし、シャインハイルは希望を持ち続けていた。


(大丈夫です、シュランメルトが必ず……。必ずわたくしを、助け出してくれます!)


 その希望を抱きながら、シャインハイルは眠りへと落ちていったのであった。

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