第十章四節 緊急

「シュランメルト。夜が明けましたよ」


 リラの声が、シュランメルトの鼓膜に響く。


「そうか、もう朝か。助かったぞ、リラ」

「いえ、仮にも貴方の師匠です。無様な姿は見せられません」

「そう言えばそうだったな。ところで、奴らは……屋敷を襲った魔導騎士ベルムバンツェは、見えなかったか?」

「はい。1台も見えませんでした」

「ならば良かった。恐らく、もう来ないだろう」

「そうですね。楽観は出来ませんが、撤退したと思われます。少し休ませていただいたら、防御策を講じますので……」

「頼むぞ」


 会話が終わると同時に、Orakelオラケルが格納庫へ向かう。

 それを見届けたシュランメルトは、Asrionアズリオンから降りたのであった。


---


「改めて見てみたが、酷いものだな」


 屋敷の中に入ったシュランメルトは、襲撃によって大穴の空いた壁を見て呟いた。


「これを直すのも、相当な時間がかかるだろう……」

魔導騎士ベルムバンツェを使っても、ですわね」


 突然割り込んだのは、フィーレである。


「仮止めだけでしたら、今日の午前中には終わりそうなのですが……」

「修復するのか?」

「ええ……。ですが、最終的に決定するのは、師匠ですわ」

「でしたら、朝食後に実施しましょう」


 そこに、リラまでも割り込んだ。


「師匠!?」

「寒いと言うほどではありませんが、吹きっさらしの状態も、違和感があるものです。装甲補修用のAdimesアディメス結晶を転用して、仮の壁としましょう」

「承知した」

「グスタフも良いですね?」

「うんっ、いっしょに頑張ろー!」


 かくしてシュランメルト達は朝食を取り、そして外壁の修復に取り掛かったのであった。


     *


「ここで最後ですね。では、頼みます。Orakelオラケル


 リラが器用にOrakelオラケルを操作し、外壁の隙間にAdimesアディメス結晶を差し込む。

 最後まで差し込み終えると、魔術を発動した。


「繋がりなさい。間隙かんげきを埋めるのです」


 リラの言葉に続いて、Adimesアディメス結晶が光り輝く。

 そして、わずかに残った隙間が、少しずつ塞がれていった。


「さて、これで補修は十分でしょう。もっともこれは、あくまで仮止め。おいおい、正式な建築業者を呼ぶとしましょうか」


 そう言って、Orakelオラケルを格納庫へと向かわせるリラ。

 と、何かを見つけた。


「あれは、まさか……Gloria von Bergrizグローリア・フォン・ベルグリーズ!?」


 リラはOrakelオラケルに搭乗したまま、屋敷正面まで向かう。

 その視界には、屋敷にまっすぐ向かってくるGloria von Bergrizグローリア・フォン・ベルグリーズの姿があった。


 そして、Gloria von Bergrizグローリア・フォン・ベルグリーズから、一人の男が降りてくる。

 男とはベルグリーズ王国現国王、グロスレーベ・メーア・ベルグリーズであった。


「頼もう! 御子みこ様、いや、シュランメルト・バッハシュタイン様はいらっしゃるか!?」


     *


 凄まじい剣幕に押されるようにしてリラが屋敷へ案内すると、シュランメルトとパトリツィアが駆け付けた。

 先ほどのグロスレーベの声は、屋敷の反対側にいたシュランメルトにすら聞こえたのである。


「おおっ、御子様……!」


 シュランメルトの姿を見た途端、グロスレーベが安堵の声を漏らした。


おれを呼ぶ声が聞こえたものでな。どうした?」


 ただならぬ様子を感じ取ったシュランメルトが、グロスレーベに問う。

 が、グロスレーベは、その場での回答はしなかった。


「申し訳ございません。勝手に上がり込んでおきながら、無礼にも程があるのですが……。どこか、御子様と“変わり身”様との3人だけで、話せる場所はありませんかな……リラ殿?」

「人払いという訳ですね。それでしたら、シュランメルトの部屋が一番適切かと」

「かたじけない。では、御子様……」

「無論だ。案内させてもらう」


 グロスレーベの要望に応じ、シュランメルトは自室まで案内した。


---


「早速だ。話をしてくれ」


 部屋に着いて早々、シュランメルトはグロスレーベに席を勧めると、本題を切り出した。


「はっ、誠にありがたきお言葉。では、単刀直入に申し上げます」


 グロスレーベが、慎重に次の言葉を考える。

 数秒経って、ようやくそれは放たれた。




「我が娘――シャインハイルが、姿をくらませました」




「………………何だと?」


 言われた言葉を理解するのに、5秒かかった。

 シュランメルトは思わず、問い返したのである。


「シャインハイルが、姿をくらました…………。それで、間違いないのだな?」

「はい。恐らく、何者かにさらわれたのかと」

「何故そう断言出来る?」

「夜には閉めさせているはずの窓が、開いていたからです」


 そこまで聞いて、シュランメルトが思案する。

 そしてすぐに、決断した。


「……情報が欲しい。ベルリール城に行かせてくれ」

「はっ、ただ今……」

「その必要はございません、御子様」


 その時、紫色の影が差した。


「貴様は……ノートレイア、か」

「いかにも」


 その場に現れたのは、“神殿騎士団”の一人、ノートレイア・フレイフェル・アズレイアであった。


「御子様に、お渡ししたいものがございます。こちらに」


 ノートレイアはうやうやしく、シュランメルトに手紙を差し出す。

 手紙を受け取ったのを確かめると、ノートレイアは姿勢を正した。


「では、私はこれで」

「ちょっと待って、ノートレイア」


 と、パトリツィアがノートレイアを制する。


「はい、“変わり身”様」

「なんか、狙ったような時に来たように思えたんだけどさ……。シャインハイルの事について、何か知ってるの?」

「まさか。私は何も、存じません」

「なら良いんだけどね」

「では、今度こそ失礼致します」


 そして、ノートレイアの姿が見えなくなったのである。


「パトリツィア」


 ノートレイアが去ったのを確かめたシュランメルトは、真意を問いただす。


「どうしてあのような質問をしたのだ?」

「直感かなー」


 ノートレイアはあっけらかんとした様子で、質問に回答する。


「直感……だと?」

「うん。何となくだけど、もの凄く怪しい気がしたんだよ」

「そんな理由で、彼女を問い詰めたのか?」

「悪い?」

「それは……」


 シュランメルトは悩む。

 根拠を持たぬ一方的な質問ではあったものの、何故かパトリツィアに対する反論が思い浮かばず、言葉が喉元でつっかえていた。


「……っ、何でもない」

「りょーかーい。それじゃーさ、貰った手紙見せてよ」

「待て。元はと言えば、おれに渡された手紙だ。先に読ませてもらうぞ」

「はーい」


 シュランメルトは乱暴に封を破り、手紙を広げる。

 そこには、このように書かれていた。


---


 シュランメルト・バッハシュタイン殿


 貴殿の想い人を預かった。

 返してほしくば、ガルストの街の北にある山に来い。


 なお、共に連れて来る者は1名までであれば特に構わないが、持ち込んで良い魔導騎士ベルムバンツェは1台のみとする。

 破った場合、想い人の命をもって清算されるであろう。


 “将軍”より


---


「………………」


 この手紙を読んだパトリツィアは、グロスレーベは、そしてシュランメルトは、再び、黙り込んでいた。

 数秒して、手紙を握り潰す音が響き渡る。


「行くぞ、パトリツィア。そしてグロスレーベよ、お前は全ての将兵に命令せよ。『漆黒の魔導騎士ベルムバンツェを見つけても、一切の介入をしない事』とな」


 シュランメルトは怒りを抑えた低い声で、告げたのであった。

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