第九章六節 意義

 サリールは椅子を引くと、「失礼します」と一言述べてから着席する。

 そしてシュランメルトとパトリツィアをまっすぐに見据えると、穏やかに語り始めた。


「そもそも、我々の始祖は、御子様の始祖に付き従う者達でございました」

おれの事だな。お前達の前身は、おれの祖先の従者、か」

「はい。もっとも、“変わり身”である私を除いた団員の始祖、ですが」

「道理だな。続けてくれ」


 シュランメルトが促すと、サリールはわずかに頷いてから続ける。


「騎士団の始祖達が、御子様の始祖と共にベルグリーズ王国を守る役目を担い始めた時です。我らが守護神様は、始祖達に対し、力を授けてくださいました。それが我々神殿騎士団の駆る魔導騎士ベルムバンツェAsrifelアズリフェルなのです」


 サリールは一呼吸置くと、続ける。


AsrifelアズリフェルAsrionアズリオンに似ているのは、どちらも同じ起源……我らが守護神様により、造られたからです。守護神様は自らの御姿を元にされ、与える先によって相応しき強さに定めたのちに、授けてくださったのです」

「『与える先によって』、か。おれAsrionアズリオンとお前達のAsrifelアズリフェル、両者の強さが違う事は推測できた。それで、具体的にはどのような違いがある?」

「はい。御子様のAsrionアズリオンは、守護神様の分け御霊を直接封じられており、その強さは守護神様本体よりは幾分か劣るものの、ほぼ同様の力を発揮できます。対して我々のAsrifelアズリフェルは、守護神様の分け御霊を封じられている点は同様ですが、御子様のAsrionアズリオンよりも力や高さなどを、全体的に引き下げられた機体なのです」


 話しながら、サリールが片手で剣のつかを操作する。


「何をする気だ、サリール?」

「ご安心ください。御子様と“変わり身”様を害する意図はございません。御子様に説明したく、専用の“鍵”を用意するだけでございます」


 やがて、サリールが小さな金属棒を取り出した。

 シュランメルト達の前で掲げ、そしてテーブルの上に置く。


「これこそが“鍵”。我ら神殿騎士団がAsrifelアズリフェルを起動させる際、必ず用いる道具でございます」

「“鍵”、か。いやに小さいな……?」


 シュランメルトが興味深げに、“鍵”を眺める。

 それとは対照的に、既に“鍵”の知識を持つパトリツィアにとっては、既にどうでもいいものであった。両手を頭の後ろで組み、足を前へ投げ出すという行動が彼女の態度を示していた。


「はい。御子様のAsrionアズリオンは鍵無くして起動する事は叶いますが、Asrifelアズリフェルは正しき者が乗るあかしとして、この“鍵”を用いる必要があるのです」


 ひとしきり説明を終えると、サリールは“鍵”を剣のつかに収納する。

 そして剣を腰のベルトに挿し直した後、話を区切った。


魔導騎士ベルムバンツェの話は、これで終わりです」


 サリールはうやうやしく頭を下げ、シュランメルトとパトリツィアの反応を見る。

 と、シュランメルトが口を開いた。


「良く分かった。特におれの持つ中でも大きな謎の一つ、AsrionアズリオンAsrifelアズリフェルが似ている理由など、な」

「何よりでございます。御子様」


 サリールは表情一つ変えず、淡々と返す。

 シュランメルトはそのまま、続きを促した。


「しかし、まだ話はあるはずだ。そうだろう?」

「はい」


 サリールが呼吸を整え、話を再開する。


「そして我々の存在する意義は、。ただその一点だけで、我々は御子様と“変わり身”様のおそばにいるのでございます」


 シュランメルトが、そしてパトリツィアが、サリールの話に聞き入っていた。


「“変わり身”である私は知識だけの理解となるのですが……。私を除き、我々“神殿騎士団”の歴代団員達は、始祖の代から守護神様、並びに御子様と“変わり身”様への忠誠を誓っているのです。ただ……」


 サリールが一度話を止め、反省房の位置する方向へ首を巡らせる。


「オティーリエが、大変失礼致しました。二度とこのような事が無きよう、徹底して再教育を致します」

「それはそれで任せる。しかし、おれとしては、背景を知りたいのだ。何故彼女が、おれ反旗はんきひるがえすのかをな」


 シュランメルトの要望を聞き届けたサリールは、わずかな時間だけ思考する。

 そして、サリールは決意を終えると、シュランメルトに向けて口を開いた。




「彼女は、のために、“ヴォルフホイル”へ潜入しているのです」




 またもサリールの衝撃発言に、シュランメルトが眉をひそめた。


「……初耳だな」


 そのような表情を前にしても、サリールは顔色一つ変えずに話し続ける。


「何しろこれは、徹底的に秘匿してきた事。オティーリエの軽挙により、我々の存在が御子様と“変わり身”様には露見したとはいえ、この事は今話すまで誰にも明かしていなかったのです。……ヴォルフホイルのを除いて」

「“ある人物”か。話せない訳でもあるのか?」


 シュランメルトが、サリールの言い回しに違和感を覚える。

 サリールはシュランメルトの問いに、ゆっくりと答えた。


「……はい。少なくとも、今は話せません。話す事が出来ないのです」


 サリールの回答を聞いたシュランメルトは、問い詰めようとし――その時、脳裏にシャインハイルの言葉がよぎった。


(「『失われた記憶を知る者は、その者に記憶を語ってはならない』。そのようにも、伝えられているのです」……か。言えばおれともども死ぬ、だったな)


 その言葉を思い出し、問い詰めるのを思いとどまった。


「そうか。ひとまず、これで大体の事情は把握した」

「何よりでございます、御子様。何かご質問などはございますか?」

「無いな。ありがとう、サリール」


 サリールは起立すると、シュランメルトとパトリツィアに、深く頭を下げる。

 そして、「失礼します」とだけ言い残し、救護室を後にしたのであった。


---


 退出したサリールは、廊下を歩きながらも、心中で胸をなで下ろしていた。


(良かった……何とか隠し通せましたね。いずれ発覚する事とはいえ、まさかという事実は、今言うには時期じき尚早しょうそうというものです)


 そんな彼女の心の声は、誰にも聞かれずに消えていったのである。

 あるたったひとつの存在を除いては、であるが…………。

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