第九章六節 意義
サリールは椅子を引くと、「失礼します」と一言述べてから着席する。
そしてシュランメルトとパトリツィアをまっすぐに見据えると、穏やかに語り始めた。
「そもそも、我々の始祖は、御子様の始祖に付き従う者達でございました」
「
「はい。もっとも、“変わり身”である私を除いた団員の始祖、ですが」
「道理だな。続けてくれ」
シュランメルトが促すと、サリールはわずかに頷いてから続ける。
「騎士団の始祖達が、御子様の始祖と共にベルグリーズ王国を守る役目を担い始めた時です。我らが守護神様は、始祖達に対し、力を授けてくださいました。それが我々神殿騎士団の駆る
サリールは一呼吸置くと、続ける。
「
「『与える先によって』、か。
「はい。御子様の
話しながら、サリールが片手で剣の
「何をする気だ、サリール?」
「ご安心ください。御子様と“変わり身”様を害する意図はございません。御子様に説明したく、専用の“鍵”を用意するだけでございます」
やがて、サリールが小さな金属棒を取り出した。
シュランメルト達の前で掲げ、そしてテーブルの上に置く。
「これこそが“鍵”。我ら神殿騎士団が
「“鍵”、か。いやに小さいな……?」
シュランメルトが興味深げに、“鍵”を眺める。
それとは対照的に、既に“鍵”の知識を持つパトリツィアにとっては、既にどうでもいいものであった。両手を頭の後ろで組み、足を前へ投げ出すという行動が彼女の態度を示していた。
「はい。御子様の
ひとしきり説明を終えると、サリールは“鍵”を剣の
そして剣を腰のベルトに挿し直した後、話を区切った。
「
サリールはうやうやしく頭を下げ、シュランメルトとパトリツィアの反応を見る。
と、シュランメルトが口を開いた。
「良く分かった。特に
「何よりでございます。御子様」
サリールは表情一つ変えず、淡々と返す。
シュランメルトはそのまま、続きを促した。
「しかし、まだ話はあるはずだ。そうだろう?」
「はい」
サリールが呼吸を整え、話を再開する。
「そして我々の存在する意義は、御子様と”変わり身”様をお守りする事。ただその一点だけで、我々は御子様と“変わり身”様のお
シュランメルトが、そしてパトリツィアが、サリールの話に聞き入っていた。
「“変わり身”である私は知識だけの理解となるのですが……。私を除き、我々“神殿騎士団”の歴代団員達は、始祖の代から守護神様、並びに御子様と“変わり身”様への忠誠を誓っているのです。ただ……」
サリールが一度話を止め、反省房の位置する方向へ首を巡らせる。
「オティーリエが、大変失礼致しました。二度とこのような事が無きよう、徹底して再教育を致します」
「それはそれで任せる。しかし、
シュランメルトの要望を聞き届けたサリールは、わずかな時間だけ思考する。
そして、サリールは決意を終えると、シュランメルトに向けて口を開いた。
「彼女は、ある目的のために、“ヴォルフホイル”へ潜入しているのです」
またもサリールの衝撃発言に、シュランメルトが眉をひそめた。
「……初耳だな」
そのような表情を前にしても、サリールは顔色一つ変えずに話し続ける。
「何しろこれは、徹底的に秘匿してきた事。オティーリエの軽挙により、我々の存在が御子様と“変わり身”様には露見したとはいえ、この事は今話すまで誰にも明かしていなかったのです。……ヴォルフホイルのある人物を除いて」
「“ある人物”か。話せない訳でもあるのか?」
シュランメルトが、サリールの言い回しに違和感を覚える。
サリールはシュランメルトの問いに、ゆっくりと答えた。
「……はい。少なくとも、今は話せません。話す事が出来ないのです」
サリールの回答を聞いたシュランメルトは、問い詰めようとし――その時、脳裏にシャインハイルの言葉がよぎった。
(「『失われた記憶を知る者は、その者に記憶を語ってはならない』。そのようにも、伝えられているのです」……か。言えば
その言葉を思い出し、問い詰めるのを思いとどまった。
「そうか。ひとまず、これで大体の事情は把握した」
「何よりでございます、御子様。何かご質問などはございますか?」
「無いな。ありがとう、サリール」
サリールは起立すると、シュランメルトとパトリツィアに、深く頭を下げる。
そして、「失礼します」とだけ言い残し、救護室を後にしたのであった。
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退出したサリールは、廊下を歩きながらも、心中で胸をなで下ろしていた。
(良かった……何とか隠し通せましたね。いずれ発覚する事とはいえ、まさかオティーリエ以外の団員までもヴォルフホイルに協力しているという事実は、今言うには
そんな彼女の心の声は、誰にも聞かれずに消えていったのである。
あるたったひとつの存在を除いては、であるが…………。
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