第九章五節 目覚

「うん……」


 救護室のベッドの上で目覚めたシュランメルト。


「シュランメルト! 目が覚めたのっ!?」

「あ、ああ……。おれはどうなっていたんだ……?」

「それはね、シュランメルト。頭を使いすぎて、倒れたんだよ」

「頭を……使い、すぎて?」

「うん、そうだよ。キミは掘り起こせない記憶を無理やり掘り起こそうとしてたけど、その影響で頭が……脳が、『もうやめろ』って合図して、倒れたんじゃないかな」

「そうか……」


 シュランメルトは伸びをすると、ゆっくりと立ち上がろうとする。


「ちょっ、ちょっと待ってよシュランメルト! もうちょっと安静にしてないと!」

「時間は?」

「え?」

「今は朝か昼か夕方か、あるいは夜のどれだと聞いている」

「それは……待ってて!」


 パトリツィアが救護室の時計を見る。


「夜……だよ?」

「夜だと!? ならばなおさら急がねば……!」

「けど、まだ日付は変わってないみたい」

「……本当か?」

「本当だって!」

「ならば、まだ出る必要は無いな。良かった……」

「でしょ? ってゆーかさ、シュランメルト。ボクが何者なのか、もう忘れてなーい?」

「それはもちろん、“変わり身”……あっ」


 シュランメルトが、パトリツィアの出自を正しく思い出す。

 それを聞いたパトリツィアが、笑みを浮かべてシュランメルトに告げた。


「だよねー? そして“変わり身”はー、誰の分身なんだっけ?」

おれの母親……。改め、Asrielアスリールだ」

「せいかーいっ」


 シュランメルトの正しい答えを聞いて、パトリツィアがはしゃぐ。


「おっと!」


 勢い余って、シュランメルトに抱きついた。


「離れろ、パトリツィア」

「やだよー」

「くっ、この……!」


 もがくシュランメルトだが、パトリツィアの抱きつく力は尋常ではない。

 なかなか振りほどけず、苦悩していた。


「いい加減にしろ……!」

「やだよー。ボクの旦那サマを放したくないんだもんっ」

「しつこいぞ……むっ」


 と、シュランメルトが人影に気づく。

 そこには、サリールの姿が見えた。


「どーしたの? ボクを見てよー」

「いや、あそこに団員がいるのだが……。むっ、来たぞ」

「ちぇっ、イイとこだったのにぃ……」


 パトリツィアは渋々と言った様子で、シュランメルトから離れた。


「って、サリールじゃないか。ガレスベルじゃないのかなー?」

「何かあったのだろう。彼女に聞いてみるとしようか」

「おーい、サリールー!」


 パトリツィアが、大声でサリールを呼ぶ。


「はい、どのようなご用でしょうか?」


 サリールは素直に、二人の元まで近づいてきた。

 パトリツィアが続ける。


「シュランメルトが起きるまでガレスベルが世話してたはずだけど、どーしたの? ガレスベル」

「『別の要件がある』と残して、出掛けて行かれました。シュランメルト様のお世話をするのは、私、サリール・リーラス・アズレイアが引き受けさせていただきます」


 うやうやしく、頭を下げるサリール。

 しばらく頭を下げたままであったが、やがて姿勢を正すと、次の一言を告げる。


「ところで、シュランメルト様。そしてパトリツィア様。お食事は、いかがなされますか?」


 その言葉を聞いて、お腹の鳴る音が響く。

 シュランメルトとパトリツィアの、二人分だ。


「それを以て、お返事と受け取らせていただきます」


 サリールは一度部屋を出て、二人の食事を運んできたのである。


     *


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまー!」


 シュランメルトとパトリツィアが食事を終えると、サリールは粛々と食器類を片付け始める。

 と、シュランメルトが呼び止めた。


「そう言えばおれは、お前達“神殿騎士団”なるものの正体をよく分かっていなかったな。終わったらでいい、どういうものか聞かせてくれ」

「かしこまりました。すぐに片付けて参ります」


 再び、サリールが一旦退出する。

 シュランメルトはサリールが見えなくなったのを確かめて、呟いた。


「何となく、思ったのだが……」

「なにー?」

「サリールだが、どことなくお前に似ている気がするぞ」

「そーだよー? どしたの、シュランメルト?」

「何となく、そう感じてな……」


 シュランメルトが脱力するように呟く。

 次の瞬間、パトリツィアがあっけらかんとしながら、とてつもない事をこぼした。


「サリール、ボクと同じ“変わり身”だよー」


 しばしの間、シュランメルトが茫然としていた。


「……なあ」


 それから30秒後、ようやくシュランメルトが我に返る。


「パトリツィア。一つ、聞きたい事がある」

「なにー?」

「“変わり身”というのは、お前だけではないのか?」

「んー? 違うよー?」


 パトリツィアは、またもあっけらかんとした様子で答えた。


「ボクが“変わり身”なのはもちろんだけどー、だからと言って“変わり身”はボクだけじゃないよー。サリールとかー、他にもいろいろいるかなー? たとえばー、キミを産んだ母親もー、ちゃんと“変わり身”だねー」

「『他にも、いろいろ』……。という事は、まだいるのか?」

「うん。ベルグリーズ王国全土にいるよ」

「何だと!?」

「とは言ってもー、今いるのは千人ちょっとかなー」

「いや、待て。千人は流石に多すぎだろう、“変わり身”!」


 シュランメルトが再び我を忘れ、パトリツィアに詰め寄る。

 しかし、パトリツィアは全く動じていなかった。


「んー? ボクはAsrielアスリールからの知識を元にー、キミに伝えているだけだからさー。まー、そーゆーもんだって思ってよ」

「ええ、まったくもってその通りでございます。パトリツィア様」


 シュランメルトとパトリツィアが振り向くと、そこにはいつの間にかサリールがいた。


「お待たせ致しました。ただいま所用を終え、再び参りました」


 話しながら、サリールが椅子へと向かう。

 シュランメルトとパトリツィアは先に座り、サリールの話を待った。


「では、お二方にお教えしましょう。我々“神殿騎士団”という存在についてを」

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