第九章三節 再話

『無事で何よりです、シュランメルト』


 Asrielアスリールはシュランメルトの脳内で、穏やかに語り掛ける。


『して、記憶は取り戻せそうでしょうか?』

「ああ、既に手掛かりは得た。後は確信を得るために、神殿騎士団の者達から話を聞く方針だ」

『それは何よりです』


 Asrielアスリールは微動だにせず、しかしシュランメルトを案じる心を見せる。


『では今は、何もしない事にしましょう。しかし、一言だけ伝えておきたい事が』

「何だ?」


 Asrielアスリールがゆっくりと、シュランメルトに告げる。


『明日の夜、工房近くの動きに気を付けなさい。貴方達を狙う凶刃きょうじんが、喉元に迫ります』


 それを聞いたシュランメルトは、しばらく何も言わなかった。

 ややあって、アスリールに返答する。


「承知した。明日の夜、だな」

『ええ。くれぐれも、よろしくお願いします。貴方が大切な人を守ると望むのであれば』


 Asrielアスリールはそれだけ告げると、再び沈黙を始めた。

 シュランメルトは心の中で、何度も言われた事を反芻した。


(明日の夜……か。いったい何があるのか、具体的な話をAsrielアスリールはしなかったが……。肝に銘じておくか)


 心の中で決断すると、シュランメルトはガレスベルに向き直る。


「ではガレスベル。おれの記憶にまつわる話をしたい。パトリツィアも付き合ってくれ」

「かしこまりました、御子様」

「もっちろんだよー!」


 シュランメルトとパトリツィアはガレスベルに案内され、応接室へと向かっていった。


---


 騎士団の拠点の一室である、広大な応接室。

 シュランメルトとパトリツィアは、そこに案内されていた。


「どうぞ、おかけください」


 ガレスベルの勧めで、ソファーに腰掛けるシュランメルト。

 パトリツィアもその隣で、シュランメルトに体を密着させて座った。


(相変わらずか……。しかし、今はそんなものを気にしていても意味は無い)


 シュランメルトは敢えてパトリツィアを剥がさず、抱きつくがままにさせていた。


「では、失礼します」


 遅れて、ガレスベルも椅子に座る。

 しかし、いささか座り心地に劣るであろう椅子だ。どう考えても、招く側であるガレスベルが格下に見える、そのような雰囲気の椅子であった。

 ガレスベルが席に着き、姿勢を正すと、口をゆっくりと開く。


「御子様。わたくしめに、何なりとお聞きくださいませ」


 それを聞いたシュランメルトは、両目を閉じてゆっくりと思案する。

 ややあって、目を開いた。ガレスベルに向き直り、問いを投げる。


「では問おう。ガレスベル、お前は“漆黒の騎士”という言葉に心当たりはあるか?」

「“漆黒の騎士”、ですか? それは貴方様の魔導騎士ベルムバンツェAsrionアズリオンでは?」


 ガレスベルはあくまでも、自らが知る限りにおいて答える。

 しかしシュランメルトにとっては、納得の行く答えでは無かった。


「聞き方を間違えたな。今のは聞かなかった事にしてくれ」

「かしこまりました」

「助かる。それで、だ……」


 シュランメルトは慎重に、問いかける言葉を選ぶ。

 しばらくの間をおいて、再び問いが発せられた。


「問おう。“漆黒の騎士”と称されたベルグリーズ王国の人間は、ここ最近……特に、7年以内で存在したか?」


 その問いを聞いたガレスベルの目が、丸くなる。

 直後、確信を持ってガレスベルが答えた。


「はい、存在しておりました」

「承知した。ではそれを踏まえ、さらに聞かせてもらおう。その者の名前を、お前は知っているか?」

「はい。存じております。“漆黒の騎士”と称された、護国の英雄。その名は――」


 妙な間が、空間を満たす。

 シュランメルト達にとって何時間にも感じられる間を経てから、ガレスベルがようやく口を開いた。




「“ゲルハルト・ゴットゼーゲン”。それが“漆黒の騎士”と称されたお方の名前にございます」




「ゲルハルト・ゴットゼーゲン……」


 シュランメルトは、その名前を呟く。

 と、次の瞬間。


「ぐっ……!」


 目を見開き、頭を抱えてうずくまる、シュランメルト。

 突然の事態に、パトリツィアとガレスベルが同時に駆け寄った。


「シュランメルト!?」

「御子様!」


 しかしそれを、シュランメルトは手で制する。


「来るな! 何かが、何かが思い出せる気がする……それを止めないでくれ!」


 パトリツィアとガレスベルは、戸惑いながらもシュランメルトの制止に従う。

 シュランメルトは脳裏に流れ込む、かつて忘却した記憶をひたすら、呟いていた。


「7年前……ハドムス帝国……。そうだ、おれAsrionアズリオンに乗っていた……。帝国の魔導騎士ベルムバンツェを、無数にほふり……しかし、そこから先が見えん……! 気が付けば、おれは目覚め、フィーレを助けていた……」


 シュランメルトはふらつきながらも、立ち上がる。


「無数のハドムス帝国の将兵達を屠り……何があった? その空白の期間に、おれの記憶を失わせる何かが、あったはずだ……!」


 歯を食いしばりながら、シュランメルトが脳裏に眠る記憶を引きずり出そうとする。


「シュ、シュランメルト……!」


 そんな様子を見ていられなくなったパトリツィアが、止めに入る。


「来るな!」


 が、それすらもはねのけ、シュランメルトは頭を抱え続ける。


「くっ、何か手掛かりが欲しい……! ッ、そうだ、アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲン……。彼が何かを、おれにまつわる何かを知っているかもしれない、そのはずだ……ぐぅっ!?」


 思考を続けるも、ついにシュランメルトが限界を迎えた。


「シュランメルトッ!」

「御子様っ!」


 パトリツィアとガレスベルが、慌ててシュランメルトを抱える。


「ガレスベル、シュランメルトを……!」

「かしこまりました、“変わり身”様! 御子様、失礼します!」


 ガレスベルがシュランメルトを抱え、救護室まで運び込む。

 パトリツィアも急ぎ、その後を追った。


     *


 救護室のベッドに、シュランメルトが寝かせられる。


「ひとまず、安静にさせました。ご安心を、御子様は気絶しているだけです。数時間経てば、目を覚まされるでしょう」

「良かった……」

「“変わり身”様、いかがなされますか?」

「ボクかぁ。ボクはシュランメルトの様子を見守ってるよ。正直、それ以外の事をする気分になれないしね」

「かしこまりました。では、私は失礼します」


 ガレスベルが挨拶だけを残し、静かに部屋を後にする。

 残ったパトリツィアは、静かに呟いた。


「シュランメルト……。ボクはキミが記憶を取り戻すのを、ずっと、待ってるからね……!」

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