第九章三節 再話
『無事で何よりです、シュランメルト』
『して、記憶は取り戻せそうでしょうか?』
「ああ、既に手掛かりは得た。後は確信を得るために、神殿騎士団の者達から話を聞く方針だ」
『それは何よりです』
『では今は、何もしない事にしましょう。しかし、一言だけ伝えておきたい事が』
「何だ?」
『明日の夜、工房近くの動きに気を付けなさい。貴方達を狙う
それを聞いたシュランメルトは、しばらく何も言わなかった。
ややあって、アスリールに返答する。
「承知した。明日の夜、だな」
『ええ。くれぐれも、よろしくお願いします。貴方が大切な人を守ると望むのであれば』
シュランメルトは心の中で、何度も言われた事を反芻した。
(明日の夜……か。いったい何があるのか、具体的な話を
心の中で決断すると、シュランメルトはガレスベルに向き直る。
「ではガレスベル。
「かしこまりました、御子様」
「もっちろんだよー!」
シュランメルトとパトリツィアはガレスベルに案内され、応接室へと向かっていった。
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騎士団の拠点の一室である、広大な応接室。
シュランメルトとパトリツィアは、そこに案内されていた。
「どうぞ、おかけください」
ガレスベルの勧めで、ソファーに腰掛けるシュランメルト。
パトリツィアもその隣で、シュランメルトに体を密着させて座った。
(相変わらずか……。しかし、今はそんなものを気にしていても意味は無い)
シュランメルトは敢えてパトリツィアを剥がさず、抱きつくがままにさせていた。
「では、失礼します」
遅れて、ガレスベルも椅子に座る。
しかし、いささか座り心地に劣るであろう椅子だ。どう考えても、招く側であるガレスベルが格下に見える、そのような雰囲気の椅子であった。
ガレスベルが席に着き、姿勢を正すと、口をゆっくりと開く。
「御子様。わたくしめに、何なりとお聞きくださいませ」
それを聞いたシュランメルトは、両目を閉じてゆっくりと思案する。
ややあって、目を開いた。ガレスベルに向き直り、問いを投げる。
「では問おう。ガレスベル、お前は“漆黒の騎士”という言葉に心当たりはあるか?」
「“漆黒の騎士”、ですか? それは貴方様の
ガレスベルはあくまでも、自らが知る限りにおいて答える。
しかしシュランメルトにとっては、納得の行く答えでは無かった。
「聞き方を間違えたな。今のは聞かなかった事にしてくれ」
「かしこまりました」
「助かる。それで、だ……」
シュランメルトは慎重に、問いかける言葉を選ぶ。
しばらくの間をおいて、再び問いが発せられた。
「問おう。“漆黒の騎士”と称されたベルグリーズ王国の人間は、ここ最近……特に、7年以内で存在したか?」
その問いを聞いたガレスベルの目が、丸くなる。
直後、確信を持ってガレスベルが答えた。
「はい、存在しておりました」
「承知した。ではそれを踏まえ、さらに聞かせてもらおう。その者の名前を、お前は知っているか?」
「はい。存じております。“漆黒の騎士”と称された、護国の英雄。その名は――」
妙な間が、空間を満たす。
シュランメルト達にとって何時間にも感じられる間を経てから、ガレスベルがようやく口を開いた。
「“ゲルハルト・ゴットゼーゲン”。それが“漆黒の騎士”と称されたお方の名前にございます」
「ゲルハルト・ゴットゼーゲン……」
シュランメルトは、その名前を呟く。
と、次の瞬間。
「ぐっ……!」
目を見開き、頭を抱えてうずくまる、シュランメルト。
突然の事態に、パトリツィアとガレスベルが同時に駆け寄った。
「シュランメルト!?」
「御子様!」
しかしそれを、シュランメルトは手で制する。
「来るな! 何かが、何かが思い出せる気がする……それを止めないでくれ!」
パトリツィアとガレスベルは、戸惑いながらもシュランメルトの制止に従う。
シュランメルトは脳裏に流れ込む、かつて忘却した記憶をひたすら、呟いていた。
「7年前……ハドムス帝国……。そうだ、
シュランメルトはふらつきながらも、立ち上がる。
「無数のハドムス帝国の将兵達を屠り……何があった? その空白の期間に、
歯を食いしばりながら、シュランメルトが脳裏に眠る記憶を引きずり出そうとする。
「シュ、シュランメルト……!」
そんな様子を見ていられなくなったパトリツィアが、止めに入る。
「来るな!」
が、それすらもはねのけ、シュランメルトは頭を抱え続ける。
「くっ、何か手掛かりが欲しい……! ッ、そうだ、アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲン……。彼が何かを、
思考を続けるも、ついにシュランメルトが限界を迎えた。
「シュランメルトッ!」
「御子様っ!」
パトリツィアとガレスベルが、慌ててシュランメルトを抱える。
「ガレスベル、シュランメルトを……!」
「かしこまりました、“変わり身”様! 御子様、失礼します!」
ガレスベルがシュランメルトを抱え、救護室まで運び込む。
パトリツィアも急ぎ、その後を追った。
*
救護室のベッドに、シュランメルトが寝かせられる。
「ひとまず、安静にさせました。ご安心を、御子様は気絶しているだけです。数時間経てば、目を覚まされるでしょう」
「良かった……」
「“変わり身”様、いかがなされますか?」
「ボクかぁ。ボクはシュランメルトの様子を見守ってるよ。正直、それ以外の事をする気分になれないしね」
「かしこまりました。では、私は失礼します」
ガレスベルが挨拶だけを残し、静かに部屋を後にする。
残ったパトリツィアは、静かに呟いた。
「シュランメルト……。ボクはキミが記憶を取り戻すのを、ずっと、待ってるからね……!」
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