第八章九節 対峙

「シュランメルト! 起きて、シュランメルト!」


 パトリツィアは遠慮会釈無しに、シュランメルトを叩き起こす。

 巻き添えを食い、シャインハイルまでも起こされた。


「何だ……パトリツィア?」

「いったい何があったのですか?」

「説明は後! シャインハイル、シュランメルトを借りるよ!」


 言うが早いか、パトリツィアはシュランメルトの腕を掴み、全速力で駆け出す。

 シャインハイルは反応する間もなく、部屋に取り残されたのであった。


     *


 それからわずか3分後。

 屋外でAsrionアズリオンを呼び、操縦席内部に座ったシュランメルトは、すぐさま同乗したパトリツィアの指示に従って機体を飛翔させた。


「一体何だと言うのだ、パトリツィア?」


 穏やかな眠りに就いている最中に叩き起こされたのだ、不機嫌ここに極まれりである。冷静沈着なシュランメルトではあるが、生物にとって重要な行為である睡眠を邪魔されるとなると、話は少々別であった。


 しかしそんな事もどこ吹く風、とばかりに、パトリツィアが続ける。


「決まってるよ。ヘンな事してる奴を問い詰めるの」

「“ヘンな事”、だと?」

「うん。神殿騎士団なのに何故か単独行動してるの」


 パトリツィアはふぅっと息を吐いてから、続ける。


「そんな事が出来る例外は一人だけ。ボクはそれが誰か知ってるけど、ボクがさっき見たのは違う。単独行動を取れない奴だった」

「取れない奴?」

「そう。逆に取れる奴は、ノートレイア一人だけ。シュランメルト、キミはリラ工房に帰る時に、彼女と会ったでしょ」

「ノートレイア……紫の魔導騎士ベルムバンツェを操る彼女か!」

「そーそー」


 パトリツィアはシュランメルトの導き出した結論を肯定すると、補足を入れる。


「彼女は諜報活動が主体だからー、単独行動させとくのが好都合らしいんだよねー」

「なるほどな」

「そー言えばさー、シュランメルト」

「何だ?」


「だいぶ前の手合わせでさー、アレスが何か言ってたよねー?」


 突然の言葉に、シュランメルトの思考が途絶える。

 その影響をもろに受け、Asrionアズリオンの姿勢がガクンと揺らいだ。


「うわっ!? ちょっとシュランメルト、姿勢制御はしっかりして!」

「す、済まん……!」


 慌ててシュランメルトが姿勢を立て直すと、機体の揺らぎが収まった。

 シュランメルトは先ほどよりは控えめなものの、それでも不愉快な様子をうかがわせる声でパトリツィアに話しかける。


「ところで、アレス……だと? 何の話だ?」

「忘れちゃったかー。しょーがない、教えてあげよー」


 パトリツィアは人差し指を立てた手を、胸の前に出して言う。


「アレスはキミをー、“英雄”と呼んでたよねー」

「ああ」

「ボクねー、書庫で“漆黒の騎士”の単語を見たときー、確信したんだー」


 一瞬の沈黙の後、パトリツィアが告げる。




「“漆黒の騎士”はー、シュランメルトー。キミだってことー」




 シュランメルトが、息を呑んだ。

 その様子も気にせず、パトリツィアは話し続ける。


「アレスがいろいろ言ってた事が全て真実だとすれば、だけどー。書庫にいた時に思い出したんだよねー。もっともー、あの時はシャインハイルが来たからー、言いそびれたんだけどさー」

「何だ、それは……!? どういう意味だ、パトリツィア!」

「言葉通りだよー?」

「違う、そういう意味では……!」


 適切な言葉を導き出せず、歯噛みするシュランメルト。

 しかしその思考は、次の瞬間に見えたモノによって強制中断される。


「あれは……!」

「間違いないよ、シュランメルト。アレがAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガだ!」


 シュレーネの街の郊外にある森の入り口に、山吹色の機体アズリフェル・ゲルベルガが駐機姿勢を取っているのが見える。

 よく見るとAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガは、何人かの人間を抱えていた。直後に、抱えられた人間達が走り去っていく。


「早く! 止めないと逃げられるよ!」

「承知した!」


 その言葉の直後、シュランメルトが大剣と大盾を構え、Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガの正面に降り立つ。

 そして短く、告げた。


「動くな」

「何っ!? ッ、貴様は漆黒の……!」


 Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガが振り向き、搭乗者であるオティーリエの声が響く。

 シュランメルトはAsrionアズリオンに武器を構えさせたまま、二の句を告げた。


「ここで何をしていた?」

「ッ……貴様には関係の無い話だ!」


 オティーリエが逆上し、遅れてAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガが剣と盾を構える。


「見られたからには容赦しない! そしてお前に殺された部下達のかたきも、今この場で取らせてもらう!」


 言葉に合わせ、Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガが駆けだした。

 シュランメルトは冷静に、Asrionアズリオンに盾を構えさせる。


「死ね、漆黒の魔導騎士ベルムバンツェ……!」


 Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガが、横なぎに剣を振るう。

 剣先が盾に当たる、その瞬間――


「何!?」

「何だ、これは!?」


 オティーリエが、そしてシュランメルトもが驚愕する。

 それもそのはずだ。




 Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガの振るったやいばAsrionアズリオンの構えた盾に接触するまさにその瞬間、のだから。




 当然の結果として、Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガは中途半端に刃が残った剣を、むなしく振り抜いただけに終わった。

 そしてその絶好の隙を、シュランメルトは逃さない。


「はぁっ!」


 Asrionアズリオンが盾を構えたまま、全重量を乗せてAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガに体当たりする。

 Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガは避ける事叶わず、衝撃をもろに受けて盛大に弾き飛ばされた。


「ぐううっ! 流石にやるな、漆黒の魔導騎士ベルムバンツェ!」


 オティーリエがうめきながらも、機体の姿勢を整える。

 Asrionアズリオンが距離を詰め切ると同時に、Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガは立て直した。


「だが、それでも私の剣を止められは……っ!?」


 再び剣を振り抜くAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガであるが、それでもやはりAsrionアズリオンに接触する箇所だけが消失し、攻撃が失敗する。


「くっ、何故だAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガ!? 何故、剣が当たらない!」

(ふむ、無意味に動く必要も無いか……)


 オティーリエとシュランメルトは、それぞれ対極の心情を抱きながら戦いに臨む。

 オティーリエは焦り、必死に剣を振り。

 シュランメルトはあくまで冷静に、最低限の防御行動だけを取り続ける。


(何故かヤツはおれ達を攻撃出来ないでいる。が、理由が明確でない以上、防御はしておかねばな)


 静かに思考し、剣の軌道に合わせて盾を構える。とはいえ、その行為は意味を為さない。

 何故なら、盾に命中する前にすらAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガの振った剣が消失するからである。


「どうしたというのだ、Asrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガ……!?」




あるじへの反逆など、許されるはずがなかろう」




「!?」


 低く、よく通る声が響いた。

 遅れて、真紅の光線ビームAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガの肩を撃ち抜く。


 オティーリエが、そしてシュランメルトとパトリツィアが、光線ビームの飛んできた先を見る。


 そこには、真紅のAsrifelアズリフェルと、取り巻きに天色あまいろ鮮緑せんりょくAsrifelアズリフェルが、剣を構えた姿勢で立っていたのである。


「そこまでだ、オティーリエ。我らが主、そして主の乗っておられるAsrionアズリオンへの攻撃をやめよ」


 真紅のAsrifelアズリフェル――その名をAsrifelアズリフェル・_Arotülaアロテューラと呼ぶ――は、静かに命令をオティーリエとAsrifelアズリフェル・_Gelbelgaゲルベルガに向けて下したのであった。

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