第八章七節 漆黒

「漆黒の騎士……だと?」


 シュランメルトが本文の1つを見て、新たなる疑念を浮かばせた。


「この言葉が何を指し示すかには、心当たりがある……。しかし、今一つ確証を持てないな」


 曖昧な推測を浮かべながら、シュランメルトは静かに続きを読む。


「『6年前、突如として1等将官の職を辞す』か。何があったのかは知らんが……紆余うよ曲折きょくせつを経て、となっている訳だな」


 アルフレイドの正確な事情を知らないシュランメルトが呟く。

 その間にも、シュランメルトはページをめくり、本文に素早く目を通していた。


「このような本は文章が多過ぎて困るものだ。せめて挿絵でもあれば、いくらか楽に読めるのだがな」


 最低限の情報には目を通しているも、無関係と思われる箇所は読み飛ばすシュランメルト。

 必然、ページをめくるテンポは速かった。


「挿絵のたぐいは無さそうだな……」

「あーっ!」


 突然大きな声を上げる、パトリツィア。


「何だ?」


 シュランメルトとシャインハイルは耳を抑えながら、パトリツィアの元へ向かう。


「シュランメルト、これ……」


 パトリツィアが本を開いた状態で、渡してくる。

 シュランメルトはシャインハイルに本を預けてから、差し出された本を急いで受け取った。


 そこには――Asrionアズリオン姿


「これは……。おれAsrionアズリオンか」

「この絵から読み取りますと、恐らくですが……彼が、動かしているのでしょう。確証は持てませんが」


 シャインハイルの言葉通り、絵は明らかに動いている様子のAsrionアズリオンを描いていた。


「ふむ、なるほどな。脇にある一文によると、『彼は息子の』……汚れているな。名前が見えん」

「あら、本当ですわね。取り替えさせますわ。その前に、パトリツィア様。恐れ入りますが、これを」

「はーい」


 シャインハイルがパトリツィアに本を預けてから部屋を出ると、シュランメルトが書かれていた文章の続きを呟く。


「『彼は息子の“誰それと”共に、ハドムス帝国の侵攻を食い止めた』か」

「どっちなんだろーねー? あのAsrionアズリオンに乗っているのはー」

「ああ。それが謎だ。ともあれ、今現在までに得た知識では、『肖像の男の名前はアルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲンである』という事実、それに『アルフレイドは息子と共にハドムス帝国の侵攻を食い止めた経験がある』、か」

「そーそー。あとはー、“漆黒の騎士”が何を指すのか、かなー?」

「どういう意味だ?」


 予想の外から飛んできたパトリツィアの答えに、シュランメルトが疑問を抱く。


「漆黒の騎士とは……おれAsrionアズリオンを指すのではないか?」

「まーねー、そう考えても当てはまると言えば当てはまるよねー。けどさー、まだはっきりしてないところがあるんじゃない?」

「はっきりしてない……? それは、“アルフレイドの息子の正体”……か?」

「あったりー」


 パトリツィアはいつもの通り、楽しそうな調子で話す。


「だからさー、考える余地はまだまだあると思うよー?」

「その通りだな。次は別の蔵書を見るか……その前に」

「これー?」

「ああ。貰おうか」

「はーい」


 そうして別の本を読むシュランメルト。


「ふむふむ、なるほど……。どうにも、欲しい情報は見当たらないな」


 しかし、どれだけ読めども、“漆黒の騎士”の情報はほとんど見当たらなかった。

 いくらか類似した本を読んではみたものの、やはり望む情報は手に入れられなかったのである。


「残念だが、現状これ以上の進展は望めないな」

「そーだねー。それにそろそろおなか空いてきたしー、食べさせてもらう?」

「……そうするか。少々悪い気もするがな」

「えー、別にいーじゃーん。悪い気なんて抱えなくてもさー」

「まったく、お前は……」


 と、そこに足音が響く。


「ただいま戻りました。先ほどの蔵書ですが、明日中に交換されるとの確約を頂きましたわ。よろしければ、泊まっていかれますか? シュランメルト、そしてパトリツィア様」

おれに異存は無い」

「ボクも大丈夫だよー!」


 二人の肯定的な返事を聞いたシャインハイルは、「では、まずは部屋へ案内させていただきます」と、二人を導いたのである。


---


 それから夕食と入浴を終えたシュランメルトとパトリツィアは、同じ部屋に向かい始めた。


「おっと、へんしーん!」


 と、突如としてパトリツィアが黒猫に姿を変えた。

 その直後、“原因”がやって来た。


「ご機嫌よう、シュランメルト」

「ああ」

「少し、貴方のお部屋で話をさせていただけますか?」

「構わないが……。突然、どうした?」


 不思議に思うシュランメルトに、シャインハイルが答える。


「少しだけ、相談したい事があるのです……」


 その言葉を言い終えると同時に、二人と一匹は、シュランメルトの部屋の前に来ていた。


「分かった。気の済むまで話せ」


 シュランメルトは短く返すと、先にシャインハイルと黒猫を入れる。

 そして自身も入り、扉を閉めたのであった。

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