第八章六節 解明

「“アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲン”……だと?」


 シュランメルトは本の表紙に書かれていた人物の名を読むと、シャインハイルへと問いかける。


「この男の顔、確かに見た覚えがあるぞ。シャインハイル、貴女はフィーレと、そしてこの男と共に、肖像画に描かれていたはずだ」

「いかにも。その通りですわ」


 シャインハイルはわずかに首を引き、問いに対して肯定する。

 それを見たシュランメルトは、問いを続けた。


「この男は……いったい、どういう人物なんだ?」


 その隣で、パトリツィアもうんうんと頷いている。

 シャインハイルは二人の様子を見てから、ゆっくりと話し始めた。


「アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲン1等将官。またの名を、“ベルグリーズの英雄”と称された武官。我が国は彼の指揮のおかげで、守られたのです」


 ゆっくりとした口調で、シャインハイルは表紙に書かれた名前の人物について話す。

 しかしシュランメルトには、分からない事があった。


「少し待ってくれ」

「はい」


 シュランメルトは自らの心を落ち着けるために、一度深呼吸を挟む。

 そして、本命の質問を繰り出した。


「何だ、その“1等将官”というものは?」


 それを聞いたシャインハイルは、シュランメルトが記憶喪失である事を思い出す。

 少ししてから、答えを口にする。


「ベルグリーズ王国軍の、階級の一つですわ。軍隊内では、上から2番目に位置するのです。縮めて“1将いちしょう”とも言いますわ」

「上から、2番目……。それだけ、優れた男だったのか」

「ええ。彼の行動、いえ武勲ぶくんはベルグリーズの歴史に名を残すほど、栄誉あるものなのです」


 それから、シャインハイルは力強く、アルフレイドについて話し続けた。

 しばらくして、シュランメルトが頷いた。


「確かにそれは、貴女達姉妹と共に肖像画に描かれるだろうな」

「ええ」


 シャインハイルが微笑む。

 と、シュランメルトが話を変え――正確には元に戻し――た。


「シャインハイル。この人物、いやアルフレイドとやらには……まだ、心当たりがある」

「何でしょうか?」

「つい今朝まで、よく似た男が……おれが住まわせてもらっている”リラ工房”にいたぞ。今はどこにいるか、分からないがな」

「ッ! それは本当なのですか!?」

「ああ」


 シュランメルトが肯定すると、シャインハイルは「そうでしたの……」と呟き始めた。


「まさか、シュランメルトの元へ行かれるなんて……」

「何を言っている?」

「いえ、何でもありませんわ」


 シャインハイルがはぐらかすと、シュランメルトが不満げな表情を浮かべる。

 しかしシュランメルトは、次の瞬間には既に、パラパラとページをめくり始めていた。


「凄まじい経歴だな……。『わずか13歳で騎士教練学校へ行き、通常4~6年かかる課程を2年で修了』、この一文からでも、どれほどの人物かが見えてくるな」


 本に記された文章をところどころ音読しながら、シュランメルトはアルフレイドの経歴を読み解き始める。


「ふむ。『3等尉官いかんで王国軍に入隊。軍内では異例の早さで次々と昇進を重ね、歴代で最も早く4等将官しょうかんに任命される』か。これは……今から何年前の話だ?」

「15年前……ですわね」


 現在の時期を正確には知らないシュランメルトに、シャインハイルが助け舟を出す。


「なるほど。その時のおれは、どうなっていたのだろうか……?」

「15年前ですから……。まだ小さい子供でしたわね。わたくしと同様に」

「貴女と同様に? それはいったい……」


 シャインハイルの言葉の意味を掴みかねたシュランメルトは、問いを投げる。

 すると、シャインハイルからは、シュランメルトにとって驚愕の回答が返ってきた。


「貴方は覚えていないでしょうが、わたくしは初めて夢の中でお会いした時、申し上げました。『同い年ですわね』と」

「『同い年』……だと?」

「はい。そしてわたくしの年齢は、今の時点で22歳ですわ」

「へえー! もっと若いかと思ったよー」


 パトリツィアの場違いに明るい声をやり過ごしながら、シュランメルトは本を読む手を止め、告げられた言葉を心中で繰り返していた。


(シャインハイルが、22だと……? ならばおれもまた、22歳である……そういう事なのか?)


 と、パトリツィアが本をひったくる。


「見せて見せてー!」

「うわっ!?」


 驚いたシュランメルトは危うく本を取り落としそうになるも、落ちるよりも先にパトリツィアが掴んだ。

 パトリツィアはそのまま無言で、しかし目をキラキラさせながら本を読み始める。


「驚いたぞ……」

「大切な蔵書です。扱いには注意を」

「済まなかった」


 シュランメルトは詫びを入れながら、別の“アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲン”についてまとめられた本を探す。

 程なくして、誰にも手をつけられていない様子の、アルフレイドに関してまとめられた本を発見した。


「見つけたぞ……。ふむ、やはりこちらの本にも、経歴は書かれているか」

「数日前におさめられた、最新の本ですわね」

「なるほどな……む、何だこの一文は?」


 シュランメルトが、経歴の中の一文に疑念を抱く。


「どのような……っ、これは!」


 後から見に来たシャインハイルもまた、同様に驚愕していた。




 そこには、「7年前、的確な指揮により、ベルグリーズ王国をハドムス帝国から守り抜いた」と記されていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る