第八章五節 書庫

 経緯は、昼間まで遡る。


 弾かれたような勢いでリラの屋敷を後にしたシュランメルトは、外に出て十分な距離を取り次第すぐに、Asrionアズリオン召喚んだ。


「来いッ! アズリオンッ!」


 竜巻が発生し、漆黒の機体が姿を表す。

 操縦席に運ばれたシュランメルトは、Asrionアズリオンに優しい声を掛けた。


「よく来てくれたな、ありがとう。早速だが、急いでベルグレイアまで向かってくれ!」


 言いつつ半球の上に両手を乗せ、Asrionアズリオンを飛翔させ――そこで、気づく。


「どうした!? 飛んでくれ、Asrionアズリオン!」


 何度もイメージするが、Asrionアズリオンは思うように動かない。

 いや、


「一体どうして……」

「ボクを忘れるからだよー」


 突如として響いた声に、シュランメルトが振り向く。


「パトリ、ツィア……」


 そこには、パトリツィアの姿があった。


「まったくもー、シュランメルトはあわてんぼうなんだから。そんなに急いでAsrionアズリオンを出すなんてさー、いったいどうしたのかなー?」


 ほっぺたを膨らませながらも、声にそこまでの怒りを込めていないパトリツィアは、シュランメルトを心配するように話しかける。

 シュランメルトは戸惑いながらも、質問に答えた。


おれの記憶の手がかりが、ベルグレイアに……いや、ベルリール城にあるそうだ。今からそれを確かめる。それだけの話だ」

「そーなんだー。確かにそれは、ボクを置いてっても仕方ないかなー」


 パトリツィアは答えを聞いて、すぐに納得した。


「やけにあっさり納得したものだな……」

「うん。キミが記憶喪失だって事は知ってるよー? それに、その原因が試練によるものだって事もねー」


 軽い調子で話されるパトリツィアの言葉に、シュランメルトは頭を抱える。

 と、一つの疑問がシュランメルトの脳裏をよぎった。


「ところで、だ。パトリツィア」

「なにー?」

「お前はどうやって、このAsrionアズリオンに入って来たんだ? 乗り込む入口は、無かったはずだが……」

「そーだねー」


 パトリツィアは口元に人差し指を添えながら、答える。


「“愛の力”ってやつかなー」

「ハァ!?」


 あまりにも斜め上な方向からの答えに、シュランメルトは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 しかしパトリツィアはそれにも驚かず、冷静に付け加えた。


「“変わり身”のボクはー、念じればいつでもキミのそばまで行けるんだよー?」

「信じられんな……」

「まあ、そうだよねー。信じられないよねー。けどさー、ボクは守護神のコピーなんだよ? それを言ったらキミも、ある意味コピーみたいなものなんだけどさ」

「だから、“何でも出来る”という事なのか……?」

「せいかーい! とは言っても、流石に“何でも”というのはー、ちょっと難しいけどね」


 パトリツィアは嬉しそうに、シュランメルトに話し続ける。


「まっ、キミの元にひとっ飛び出来るのは間違いないかなー」

「何という事だ……」


 あまりにぶっ飛んだパトリツィアの言葉に、シュランメルトは頭を抱えっぱなしである。

 そんなシュランメルトの様子も気にかけず、パトリツィアが呼びかけた。


「ほらー、もう飛べるようにしておいたからさー。どこ行きたいのー?」

「……ッ! ベルリール城、だ」

「りょーかーい。それじゃー行こっか、Asrionアズリオン


 パトリツィアが呟くと、Asrionアズリオンの“フリューゲ”が起動する。

 魔力を多量に吸収し、そして後方から勢いよく噴射した。


「ぐっ、相変わらず何て速さだ……!」

「ほらほら、これくらい乗りこなさないとさー」


 こうしてシュランメルト、そしてパトリツィアは、ベルリール城へと向かったのであった。




「着いたか……」


 城門の前でAsrionアズリオンから降りたシュランメルトとパトリツィアは、衛兵に事情を話す。

 衛兵は二人の存在を既に知っていたため、あっさり通過させてくれた。


「行くぞ、パトリツィア」

「はーい!」


 二人は城へ続く長い橋を渡り終えると、王城の中へと入った。


「さて、どこにあるかグロスレーベにでも聞くか」

「そーだねー。って、どこに行くのー?」

「“書庫”とやらだ。さて、どこにあるものだか……」




「書庫でしたら、わたくしが案内して差し上げますわ。シュランメルト」




 突如響いたソプラノの声に二人が振り向くと、そこにはシャインハイルが立っていた。


「シャインハイル……」

「ひっさしっぶりー」


 驚愕するシュランメルトと、あっけらかんとしたパトリツィアを見て、シャインハイルはわずかに微笑む。


「ふふっ。確かに、久しぶりですわね。一日ぶりでしょうか」


 しばし笑っているシャインハイルであったが、やがて冷静さを取り戻すと、シュランメルトに尋ねる。


「して、シュランメルト。貴方はどうして、ここ……ベルリール城まで、いらしたのですか?」


 その問いで、シュランメルトも冷静さを取り戻した。


おれの記憶に関する手がかりが、書庫にあると聞いてな。どこにあるかを教えてほしい」

「かしこまりましたわ。どうぞ、わたくしの後に」


 シャインハイルが道案内を引き受ける。

 そのまま歩き始め、シュランメルトとパトリツィアは後に続いた。


「ところで、シュランメルト」

「何だ?」

「一つだけ、お尋ねしたい事があるのです。手がかりとはありますが、具体的にはどのようなものか、さだかなのでしょうか?」


 シャインハイルには、不安な点が一つだけあった。

 それはシュランメルトがあてもなく、書庫を探る事である。

 彼女としては蔵書への損傷は気にしていなかったのであるが、シュランメルトが無駄な時間を使う事は大いに危惧していたのであった。


 そんなシャインハイルの心配をよそに、シュランメルトはあっさりと答える。


「あるぞ。一つだけ、ある。『フィーレと共に、肖像画にえがかれた男』だ」

「それは……!」


 一瞬で何かに思い至り、目を丸くしたシャインハイル。


「知っているのか?」

「ええ、とてもよく知っていますわ。その方の情報が詳細に記録された本のある所まで、案内致します」


 シャインハイルは足を速め、慌ただしくその本がある場所まで向かっていく。


「確か、このあたり……でしたわね。しばしお待ちくださいませ……ありましたわ」


 一冊の本を手に取ったシャインハイル。




 本の表紙には、男の顔がえがかれていた。

 加えて、『アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲン1等いっとう将官しょうかんの軌跡』と、大きな文字で書かれていたのであった。

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