第八章三節 襲撃

 二人の女性は男の言葉を聞いて、しばしの間、沈黙していた。

 やがて、銀髪の女性がゆっくりと口を開く。


「そうですか……。あの子に、会ってきたのですね……」


 紡がれた穏やかなソプラノの声は、嬉しさに満ちていた。

 一方、山吹色のコートをまとった女性は、あくまで冷徹な表情を貫いていた。


「それは何よりです、“将軍”」

「ああ。ところで、一つ尋ねたい事がある。オティーリエ」

「はい」


 オティーリエと呼ばれた、山吹色のコートをまとった女性。

 彼女は冷静に、“将軍”と呼ばれた男に対し、先んじて答える。


「囚われた部下の救出、ですね」

「その通りだ」

此度こたびの失敗には、責任を感じております」


 オティーリエが顔を伏せ、呟くような声で話す。


「“将軍”より授かりし貴重な機会、必ずや活かしてみせましょう」

「頼んだぞ」


 “将軍”がそれだけ告げると、オティーリエは姿を消した。


「行ったか。さて、私達は眠るとしようか」

「ええ。お休みなさいませ、貴方……」


 銀髪の女性は微笑みながら、自身の寝室へ向かう。

 それを確かめた“将軍”もまた、自室へと入った。


 “将軍”は寝間着に着替えると、天井を眺める。

 そして、こう呟いた。


「立派に成長したあの子になら、討たれても悔いは無いな。ふふふ……」


 そう呟く将軍の喉元には、盾の形をしたアザがあった。

 シュランメルトのものと同様の、独特な、そんなアザが。


     *


 それから数時間後。

 オティーリエはベルグレイアに存在する巨大な牢獄に、単身で忍び込んでいた。


「もう少しだけ待っていろ。お前達、今助けるぞ……!」


 先ほどとは違う、闇に紛れる漆黒のローブを纏ったオティーリエ。

 彼女は物音を立てず、慎重に目的の牢獄を探していた。


「やはりここは広いものだな……。しかし、心当たりはある。魔導騎士ベルムバンツェを用いた犯罪人は、特定の区域に収監されているはずだ……!」


 事前に仕入れた情報を頼みに、オティーリエは牢獄を静かに歩く。

 看守の視界に映らないのは元より、眠っている無関係の囚人を起こさず、潜入した気配すら掴ませず。


「……む?」


 やがてオティーリエの視界に、ある言葉が映った。


「“魔導騎士ベルムバンツェ犯収監房”、か。ここだな」


 “魔導騎士ベルムバンツェ犯収監房”。

 見た目にも分かりやすいこの名前は、その名の通り魔導騎士ベルムバンツェを用いた犯罪者を、民間・軍属を問わず収監するための施設である。

 余談ではあるが、魔導騎士ベルムバンツェを用いた犯罪は――正当防衛を除き――いかなる理由であれども重罪となる。そんな“凶悪犯”を収監するため、独自の収監施設をいずれの国家も擁しているのである。


(こいつは……違う。こいつも違うな。ここまで広いと、流石に一筋縄では行かないか)


 オティーリエは胸中で歯噛みしながらも、一部屋一部屋に眠っている囚人の顔を確かめる。

 独房がずらりと並ぶこの収監房では、一度確かめればすぐに無視出来る構造となっていた。


(こいつも、こいつも違う……むっ)


 と、オティーリエがある独房の前で止まった。


(こいつだ!)


 探していた人物の一人を見つけたオティーリエ。

 手のひらより光の魔法を放ち、携行する金属板で反射させて囚人の顔近くに反射光を当てる。


「んん……?」

「起きたか。安心しろ、私だ。助けに来た」


 オティーリエは言い終えるや否や、剣の鞘を払う。

 そして僅かな風切り音だけを立て、鍵を切断した。


「ついてこい。他の仲間を救出しだい脱出する」

「は、はい!」


 無事に部下の一人を連れ出したオティーリエは、その後も順調に、計3人の部下を救出した。

 独房の距離こそ離れてはいたが、彼女の剣技をもってすればたやすく鍵を切り開けられたのである。


 事件は、脱出直前に起きた。

 定期巡回の兵達3名が、正面から歩いてきたのである。


「まずいな、急げ!」


 オティーリエは急いで、部下を飛び降りさせようとする。

 2階に位置する収監房ではあるが、高さはせいぜい3mと少々。飛び降りるのを困難とするほどでは無かった。

 三人目の部下が飛び降りた瞬間、兵達の中の一人が気配に気づいた。


「止まれ! 何者だ!」


 兵達が一斉にライフル銃を構える。

 彼我の距離は30mと、走っても詰め切れない長さであった。


(見つかったか……)


 オティーリエは静かに、剣を抜いた。

 脱出を急がず、兵達と相対する。


「武器を置け! さもないと撃つぞ!」


 兵の一人が、オティーリエに向けて警告を行う。

 だが、オティーリエは微動だにしなかった。


「武器を置けと言っている!」


 語気を強めて警告を続ける兵だが、やはりオティーリエは意に介さない。

 静かに息を吐くと、剣を構えながらゆっくりと歩き出した。


「撃つぞ!」


 さらに語気を強めた兵。

 仲間の兵達も、銃口をピタリとオティーリエに向けている。どう見ても、これは最後の警告であった。


 しかし、それでもオティーリエは止まらなかった。


「撃て!」


 最後の警告すら無視したオティーリエに向けて、兵達が一斉に銃を撃つ。

 それを受けて、オティーリエは――




 剣を一振りし、後は、平然と立っていた。

 遅れて、金属が落ちる音が響き渡る。




 そう。

 オティーリエはただ剣を一振りしただけで、飛来する銃弾を全て弾き飛ばしたのだ。


「なっ、なんだ今のは!?」


 兵達が動揺をあらわにする。

 無理もない。大抵の魔法よりも速い弾速を有する鉛の銃弾を、いとも簡単に見切り、落としたのだから。

 そんな芸当は、常人には到底出来るものではなかった。


「それだけか? では、今度はこちらから行くぞ!」


 オティーリエが告げると、あっという間に距離を詰める。

 兵達の装備するボルトアクション式のライフル銃では、次弾を装填そうてんするよりも先に攻撃を受ける。


 ならばとばかりに兵達はサーベルを抜こうとするも、オティーリエが速かった。

 素早い格闘を顔面に叩き込み、瞬く間に2人の兵を倒す。

 そして3人目の兵の背後に回り込むと、首を絞め始めた。


「眠れ」

「がっ……」


 頸動脈を絞める事により、人体には致命傷を与えず気絶させる。

 3人目の兵が完全に動きを止めた事を確かめたオティーリエは、自身も窓から脱出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る