(解説有)第七章六節 始末

 その夜、ベルリール城にて。

 政務を終えたグロスレーベは、眠りに就こうとしていた。


「……む?」


 ふと、違和感を感じる。

 何者かに見られている、そんな感覚。


「暗殺者か? ならば出てこい。正々堂々と決着を付けようではないか!」


 しかし、返事は無い。


「なるほど、臆病者か。それはそれで構わぬぞ。返り討ちにしようではないか!」

「驚かせましたかね、陛下。フヒヒッ」


 一人の女性の声が、廊下に響いた。

 粘つくような声だが、グロスレーベはこの声に心当たりがあった。


「その声……ノートレイアか。驚かせおって」

「申し訳ありませんねえ、陛下。癖でして、フヒヒ」


 ノートレイアは口先で謝りながらも、態度は崩さない。

 しかしグロスレーベもまた、ノートレイアの態度を気にしたそぶりは無かった。


「して、何用か? まさか私を、ただ驚かせるだけに来た訳ではあるまい?」

「はい、緊急で陛下へとお伝えしたい事がございましてねえ」


 ノートレイアは、どこからか持ち込んだAdimesアディメス結晶の塊を差し出す。


「まずはこれをご覧くださいよ、陛下。あたしのAsrifelアズリフェル・_Violettiaヴィオレティアの映像記録を移したものなのですがね」


 空間に、映像が投影される。


「これは、巨大壁リーズィヒ・ヴァントか……?」

「ご名答でさあ、陛下」


 映像には、ベルグリーズ王国の現行の魔導騎士ベルムバンツェBeschärldベシェールトの一群が映っていた。

 そして、あの黒き魔導騎士ベルムバンツェSchadouスハードウも。


 映像は、BeschärldベシェールトSchadouスハードウを迎え入れるような動きを見せたところに差し掛かっていた。


「我が国の兵達は何をしておるのだ……?」

「まあ、見ててくださいや」


 そのまま映像が進むと、BeschärldベシェールトSchadouスハードウを無傷で通した様子が表現された。


「何だ、あのざまは……?」


 グロスレーベの低い声には、怒りが混じっていた。

 ノートレイアは悔しさをあらわに、呟く。


「あたしとて、見過ごすつもりはありませんでした。しかし仮にも我が国の同胞を撃つ訳にもいかず、また射線の先にはハドムス帝国の領土がありましてね。迂闊うかつに撃って領土内に命中すればどうなるか。陛下ならお分かりいただけるでしょう」

「確かに、侵攻の口実に出来るな。苦しい決断だったろうが、よく踏みとどまってくれた」

「お褒めの言葉、誠にありがとうございます。では、申し上げたいお願いを……」

「存分に申してみよ」


 グロスレーベの許しを得て、ノートレイアが告げる。


「身中の虫を絶やさねばなりません」

「というと?」

巨大壁リーズィヒ・ヴァントに駐留する者達の徹底捜査を願います。事と次第によっては、その場で処刑を行う事も」

「ふむ、では王都周辺の兵、そして“紫焔しえん騎士団”を動かすとしようか。場合によっては、紫焔騎士団はお前の一存で動かせるようにも手配しておく」

「ありがとうございます、陛下」


 望む言葉を引き出したノートレイアは、音もなく姿を消したのである。

 気配の消えた事を確かめたグロスレーベは、深くため息をついた。


「我が国にも、ハドムスの毒牙どくがが突き立っていたか……。しかし今は、過ぎた事を考えても仕方あるまい」


 しばらく考え込んだのちに、グロスレーベは執務室へ向かったのであった。



       ――解説欄――



●紫焔騎士団


 ベルグリーズ王国の間者集団。

 現状、詳細は不明。

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