(解説有)第六章八節 決闘

「そうか、お前が来てくれたのか、シュナイゼルよ。スズカ皇国の修行から、帰ってきたのだな?」

「はっ、陛下!」


 玉座の間全体に響く見事なテノールで、シュナイゼルと呼ばれた男が答える。

 何故か慌てているフィーレは、シュナイゼルへと叫んだ。


「お……おもてを上げなさい、シュナイゼル!」

「はっ、フィーレ姫ッ!」


 凛々しいテノールを力強く響かせ、シュナイゼルが顔を上げる。

 それを見たフィーレは、焦りながらも努めて冷静に話した。


「まずはスズカ皇国での修行、お疲れ様でした。これであなたの剣術の腕は、一段と磨かれた事でしょう」

「何とありがたきお言葉ッ! 不肖ふしょうシュナイゼル・ベルリ・ヘルト、一段とフィーレ姫の為に、この力を磨いて参りますッ!」


 フィーレが言葉をかける度に、シュナイゼルは力強く返す。

 その様子にうんざりしたフィーレが、二の句を告げた。


「ですが。わたくしはあなたの、その……何と言いましょうか……」

「“ひたむきな心”か?」


 見かねたシュランメルトが、助け舟を出す。


「シュランメルト。そうですわ、“ひたむきな心”ですわ。シュナイゼル、あなたのひたむきな心にもまた感謝はしております。ですが」


 シュナイゼルの凛々しい声が響く前に、フィーレは早口でまくし立てた。


「わたくしはあなたの熱意に、ついていけないのです……」


 フィーレはなるべく穏やかな言葉を選んで、シュナイゼルに不快感を示した。


「……」


 それを聞いたシュナイゼルは、流石に押し黙る。

 しかし、シュランメルトとパトリツィアを見ると、水を得た魚のように話し出した。


「ところで、先ほどからいらっしゃる貴方がたは、いったいどのような……?」


 その言葉を聞いた瞬間、フィーレの血相が変わった。


「シュナイゼルッ! 今すぐ跪きなさいっ! 無礼よっ!」


 言われるや否や、シュナイゼルはシュランメルトとパトリツィアにひざまずく。

 フィーレの言葉に、脊髄反射と言える速度で従ったのだ。


「これ、フィーレ。いささか言葉遣いが荒いぞ」

「も、申し訳ございません……」


 直後にグロスレーベにたしなめられ、慌てて反省するフィーレ。

 しかしシュナイゼルへの態度は、いまだ硬いものであった。


「シュナイゼル。この方々は、わたくし達王族よりも貴きお方なのです。その事だけは、覚えてくださいませ」

「……はっ」


 フィーレがそれだけの事を言うからには。その意味を察したシュナイゼルは、自らの態度を改める。

 しかしフィーレが次の言葉を言った瞬間、シュナイゼルは豹変した。


「それに、この方々はわたくしの身をお救いくださったのですわ。その点も併せて、お願い致しますわね」

「……」

「返事は?」

「ご無礼をお許し下さい」


 シュナイゼルはフィーレに告げると、おもむろに立ち上がる。

 そしてシュランメルトとパトリツィアの元まで、速足で歩いた。


「何をしているのですか、シュナイゼル? 無礼ですわよ!」

「承知しております。しかしながら、そちらのお二人にこれだけは言わせていただきたく」


 フィーレの咎めにも構わず、シュナイゼルは立ったまま、シュランメルトとパトリツィアに向き直る。

 そして、こう告げた。


「まずはフィーレ姫のお命を、お守り頂いた事に感謝致します」


 予想を超えた丁寧な言葉遣いに、フィーレが目を丸くした。

 しかし良い方向へ抱く期待は、次の瞬間に無残に打ち砕かれる。


「しかしながら、私は貴方がたをよく知りません。こう言っては何ですが、『姫に取り入る無礼者』にも見えるのです」


 シュランメルトとパトリツィアは、真剣な表情以外は何も返さない。

 だがフィーレは、容赦しなかった。


「無礼者はあなたですわよ、シュナイゼル!」


 無理もない。

 自身の命を救ってくれた恩人達に対し、『無礼者』と呼ばわる事は、到底フィーレには見過ごせない事であったのだ。


「お父様、どうかシュナイゼルをお止めくださいませ!」


 あまりの様子に、見ていられなくなったフィーレはグロスレーベに懇願する。


「フィーレよ。もう少し静かに、成り行きを見守るのだ」


 だがグロスレーベの返答は、到底満足の行くものではなかった。


「どうしてです、お父様!?」


 さらに食って掛かるフィーレに対し、グロスレーベはあくまでも穏やかに語り掛ける。


「フィーレよ、我々王族の言葉の力は大きい。私ですら、時に恐怖するようにな」


 その語り掛けを、フィーレは静かに聞いていた。


「しかし、言葉では動かぬ、また動けぬ者も存在する。王族の言葉は臣民に対しては絶対であるが、世界のことわりに対しては絶対ではない。分かるな?」

「はい……」


 ここまで言われて、ようやくフィーレは察した。

『止めるな、続けさせろ』という、グロスレーベの意思を。


 知った以上は、まさか父親国王の言葉をたがえる訳にもいくまい。

 フィーレは歯噛みしながらも言いつけに従い、一言たりとも介入せず、成り行きを見守っていた。


---


 そんな父娘おやこのやり取りをよそに、シュナイゼルは依然として、シュランメルトとパトリツィアの二人と相対し続けていた。


「私は私こそが、フィーレ姫を守護するのに相応しいと自認しております。陛下よりもお許しを頂いており、そのあかしとしてあちらの魔導騎士ベルムバンツェRandius Schildランディウス・シルトを賜ったのです」


 シュナイゼルの指し示す先には、純白に金で飾った外観の魔導騎士ベルムバンツェが、玉座の間のすぐ外で控えていた。


「お二方。もしも、貴方がたがこれからも、フィーレ姫と共にいらっしゃるというのであれば――」




「『おれ達と戦え』と?」




 シュナイゼルが言わんとした言葉を先回りして、シュランメルトが言う。

 それを受けたシュナイゼルは一瞬固まっていたが、すぐに話を再開した。


「話が早い。そうです、是非とも決闘を求めます」

「ならば応じるとしようか」


 二つ返事で引き受けたシュランメルトを見て、グロスレーベはすぐに立ち上がった。


「では、騎士教練学校へ宛てる手紙を書いて参ります。生憎ベルリール城には、魔導騎士ベルムバンツェを自由自在に動かせる、十分なスペースはありませんゆえ」

「頼むぞ。シュナイゼル、場所は騎士教練学校で構わないな?」

「はい」


 シュナイゼルの同意を聞き届けたグロスレーベは執務室へ向かうと、手紙をしたため始めた。

 玉座の間に残っていたシュランメルト達は、決闘の準備が整い終わるのを待っていたのであった。



       ――解説欄――



●シュナイゼル・ベルリ・ヘルト...Schneisel_berlli_Held


身長:188cm

体重: 87kg

年齢: 25歳


〈概要〉


 ベルグリーズ王国が貴族の家門の一つ“ヘルト”の次男。

 フィーレ姫が幼い頃――具体的には2歳――より、『フィーレ姫をお守りする事に自らの人生を捧げる』と誓った。


 金髪にイエロートパーズの瞳を持つ。

 肌は白いが、体は十分に引き締まっている。ただし着痩せするので、普段は筋肉質な肉体は目立たない。


 なお、“フィーレ姫をお守りする事に自らの人生を捧げる”とは言ったが、恋愛感情に関してはまったくと言うほど抱いていない。

 これは『姫の伴侶を決めるのは姫自身のご意思によるものであるべし』という思考だからである。


 “リラ工房”の面々とは面識がある。

 ゆえに、“フィーレの恋心はグスタフに向いている”という事実も承知している。

 ちなみに、グスタフに対しては「強くなって、姫をお守りしてくれ」と思っている(が、直接言った事は無い)。


 乗機はRandius Schildランディウス・シルト



Randius Schildランディウス・シルト


 頭頂高:12.1m

  全高:12.5m

  重量:57.8t(装備重量)

装甲材質:Adimesアディメス結晶

 動力源:魔力

 機体タイプ:ワンオフ機



〈概要〉


 白地に金で装飾した機体。

 魔力で稼働する。シュナイゼル専用機。


 Berfieldベルフィールド(王室親衛隊仕様)の改造機。

「とにかくフィーレ姫をお守りする」という目的の元に、改造に改造を重ねた結果、並外れて重厚な装甲を纏っている。

 また、シュナイゼル自身も機体に内蔵した「結界魔術」を用い、防御力を底上げしている。


 さらにこの程度ではとどまらず、巨大な大盾をも装備している。

 装甲厚700mmを誇る盾は、そしてRandius Schildランディウス・シルトの様々な防御に特化した能力は、あるじのシュナイゼルともども「ベルグリーズ最高峰の盾」と誉れ高き呼称で呼ばれている。


 なお、この盾を保持するために全身の筋肉を増加したため、相当な膂力、そして見た目以上の機動力を備えている。

 リラのOrakelオラケルに類似した進化の結果と言えよう。


 余談だが、リラのOrakelオラケルと対峙した際には、惜しくも敗れ去った。

 しかしその時は、盾は破壊されていない。


 飛行可能。

 大幅な改造に伴い、持続時間は10時間程度となった。

 また、速度の面においても、フィーレのViolett Zaubererinヴィオレット・ツァオバレーリンと同等になっている。



〈武装・装備〉


●現出装置×30


 機体のクリアパーツとして配置された、オレンジトパーズに酷似した宝石。

 これが健在である限り、シュナイゼルの魔術は増幅され続ける。


 左右それぞれの肩に、2つ横に並んでいる配置が特徴的。それ以外は全身に装備されている。

 最低限の遠距離攻撃に用いる装置を除いては、全て防御結界の増幅に回している。


●剣×1


 全長7.0m、刃渡り4.8mの剣。鞘は付いている。

 懐に潜り込まれた際に用いる。


●大盾×1


 全高12.5m、全幅5.0m、装甲厚700mmの大盾。

 後述の結界魔術と合わせて、ベルグリーズでは最高峰の防御力を誇る。


●フリューゲ・ツヴァイ改×2


 機体腰部に取り付けられた筒状の物体。

 増幅した魔力をここから噴射することによって、飛行可能である。

 最高速度は1,100km/時。

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