第六章九節 不穏

「陛下、騎士教練学校より書状が届いて参りました」

「ご苦労。下がって良いぞ」

「はっ!」


 グロスレーベが使いの者を下がらせると、シュランメルトとパトリツィア、そしてシュナイゼルに向き直った。


「御子様、並びにパトリツィア様、そしてシュナイゼル。騎士教練学校の使用許可が降りました」

「承知した。おれ達はいつでも行けるぞ、シュナイゼル」

「かしこまりました。では、魔導騎士ベルムバンツェで移動しましょう」

「構わないが……馬車はいいのか? おれ達は乗せてもらったが」


 予想だにしていない移動方法を聞いたシュランメルトは、多少驚愕する。

 しかしすぐに冷静さを取り戻すと、シュナイゼルへと耳を傾けた。


「良いではありませんか。『いざ、決闘』という感覚が湧くでしょう?」


 シュナイゼルは意外な事に、精神的な事柄を話し出した。


「それにこちらとしても安全には配慮します。王都の道も魔導騎士ベルムバンツェが複数台、十分に通れる広さがあります。加えて、ベルグレイアの民は安全重視なのです。移動する魔導騎士ベルムバンツェを見たら、すぐさま道の脇にどくでしょう」


 それだけにとどまらず、シュナイゼルはいくらかのベルグレイアの構造、あるいは住民達にまつわる話をした。

 その話を聞いたシュランメルトは、胸をなでおろす。


「ならば安心だな。では、行くか」

「ええ」


 シュランメルトとパトリツィアは王城の正門前までは生身で、シュナイゼルは玉座の間まで来た時と同様にRandius Schildランディウス・シルトに搭乗して、向かった。


 それから数分後、シュランメルトとパトリツィアは、Asrionアズリオンの操縦席内部にて、いつも味わっている心地良い揺れを感じていた。

 正門を出てからはAsrionアズリオンを召喚し、Randius Schildランディウス・シルトに先導されるようにして騎士教練学校へと向かっていたのである。


---


 AsrionアズリオンRandius Schildランディウス・シルトの2台が騎士教練学校へ向かったのを確かめたグロスレーベ達は、それぞれの部屋へ向かっていた。

 と、そこに一人の従者が駆けてくる。


「陛下、緊急の伝達事項がございます!」

「何だ? 手短にな」

「はっ。先ほど、軍を脱走した者達の情報が掴めました。そやつらは、に向かっているようです」

「何だと……!? 分かった、すぐに対策を講じる!」


 グロスレーベは血相を変えて、執務室へ戻っていったのであった……。


     *


 ベルリール城を出てから数分後。

 騎士教練学校の砂地では、AsrionアズリオンRandius Schildランディウス・シルトが向かい合っていた。

 立会人として、アレスの搭乗したBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルを近くに控えさせながら。


「私の名前は、シュナイゼル・ベルリ・ヘルト。そして我が魔導騎士ベルムバンツェの名前は、Randius Schildランディウス・シルト。ここに、貴方がたへと決闘を申し込みます」


 剣を捧げるように構え、そして正面へ切っ先を向ける。

 それを受けたシュランメルトは、同様に名乗りを上げた。


おれの名前は、シュランメルト・バッハシュタイン。共にある者の名は、パトリツィア・アズレイア。そしておれ魔導騎士ベルムバンツェの名前は、Asrionアズリオンだ。その決闘、引き受けよう」


 同様にして、Asrionアズリオンも剣を捧げるように構える。

 そして沈黙が場を満たした、その刹那。


「始め!」


 アレスが声を張り上げ、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルが右腕を高々と振り上げた事によって、決闘が始まったのである。


     *


 最初に仕掛けたのは、Asrionアズリオンであった。

 つかより漆黒の結晶を伸ばして刀身とし、凄まじい膂力でRandius Schildランディウス・シルトを自慢の大盾ごと切り裂かんとする。


「はぁっ!」


 大剣は大盾に食い込み――しかし、シュランメルトとパトリツィアにとって予想外の事態が起こる。


(両断出来ていない! 何て堅牢かたさだ……!?)


 声にこそ出さなかったものの、Asrionアズリオンの膂力をもってしても一撃で両断出来ぬという大盾の異常な耐久性は、シュランメルトを動揺させるには十分だった。


「ちょっと、何コレ!? シュランメルト、刀身を消して!」

「承知!」


 急いで大剣の刀身を消し、距離を取る。

 そして再び魔力を結晶化させて刀身を形成すると、シュランメルトはAsrionアズリオンに、大剣を油断なく構えさせたのであった。


「何っ!?」


 しかし、動揺したのはシュランメルトだけではなかった。

 シュナイゼルもまた、Asrionアズリオンの力に驚愕していた。


(何という、膂力……! まさかこのRandius Schildランディウス・シルトが誇る大盾を、半分とはいえ切ってみせた……!?)


 無理もない。

 かつて戦ったあのOrakelオラケルに敗れた際も、盾は表面に傷こそつけど、破壊には至っていなかったのだ。

 それがまさか、ただの“剣の一振り”で半分まで切られようとは、夢にも思っていなかったのである。


 シュナイゼルにとって幸いだったのは、Asrionアズリオンが態勢の立て直しのため、一度距離を取ってくれた事であった。


「流石に一撃では断ち切れないと、下がってくれましたか……。しかし、油断はなりませんね。我がRandius Schildランディウス・シルトは守りに特化した魔導騎士ベルムバンツェ、攻める手段は凡庸。これはあやうい博打ばくちも、覚悟しなくてはなりませんか……」


 そう。

「ベルグリーズ最高峰の盾」と称されるRandius Schildランディウス・シルトではあるが、それはあくまで“何かを守る事”に優れたものに過ぎない。

 強化された装甲、そしてそれを支える“結界魔術”、加えて筋肉増加に伴う膂力と機動性の底上げこそあるにはあるが、Randius Schildランディウス・シルトは自慢の大盾を除き、携行する武装は通常の機体と比べてもそこまで優位性は無いのだ。

 改造元であるBerfieldベルフィールドにある“フリューゲ・ツヴァイ”――末尾に‘改’と付くが――による飛行能力程度が、まともに優位性と呼びうる貴重なシロモノであった。


「でしたらば、致し方ありませんか……!」


 Randius Schildランディウス・シルトは両肩にある計4つの現出装置から、光弾を連射する。

 しかしすぐに盾を構えたAsrionアズリオンには、大した効果は無かった。まれに命中したものも、装甲表面で霧散する。


「参る!」


 しかしシュナイゼルは、光弾攻撃がさしたる効果を上げずとも、気に留めていなかった。

 剣を構え、大盾を全面に押し出しながら、Randius Schildランディウス・シルトを疾走させる。


「ふむ、シールドバッシュか」

「どうする、シュランメルト? あのでっかい盾ごと、撃っちゃう?」

「馬鹿を言え、実行すればシュナイゼルも死ぬぞ。流石にやり過ぎと言うものだ」

「じゃあどうすんのさ?」

「こうしようか」


 シュランメルトは言うが早いか、Asrionアズリオンに盾を構えさせる。


おれ達も盾を使うさ」

「えっ、ちょっ、シュランメルト!?」


 叫ぶパトリツィアを気にもかけず、シュランメルトは次の指示を送る。

 Asrionアズリオンは肩口で盾を構えた姿勢で、Randius Schildランディウス・シルトに突進した。


「この私に、盾で挑むのですか……! ならば、受けて立ちましょう!」


 そんなAsrionアズリオンを見たシュナイゼルは、自らもまたRandius Schildランディウス・シルトに盾を構えさせた。


「私の盾と貴方がたの盾……。どちらが上か、はっきりさせましょう!」


 2台の魔導騎士ベルムバンツェが、共にシールドバッシュを仕掛けんとする。

 決闘はいつの間にか、“どちらの盾が上か”という勝負に成り代わっていたのであった。

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