第六章七節 報告

「とんだ一日だったな……」


 城に帰って早々、シュランメルトが呟く。

 それを聞いたフィーレは、我を忘れて突っ込んだ。


「そんなに驚く事でしたの!? 確かにわたくしは、大いに驚きましたけれども!」


 無理もない。

 平然とした様子で、あんなにも鮮やかに男達を倒したシュランメルトの口から、まさかこのような言葉が出るとは夢にも思っていなかったからだ。


「当たり前だ。いくらおれがあのような男達を簡単に倒せるからと言って、自ら望んで修羅場に突っ込むほど酔狂ではない」


 静かに首を縦に振り、わずかにげんなりした様子をにじませるシュランメルト。

 しかしフィーレには、それが演技としか思えなかった。それくらい、シュランメルトの力と精神――特に今の態度――は次元が違っていたのである。


 それはパトリツィアも同じだった。


「ねー、また今度もあのお店、行ってみたいなー。いーでしょ?」

「あのような出来事があっても、まだ行きたいと思えるのですね……」

「当たり前じゃーん。あのお店のごはんさー、おいしかったよー?」


 先ほど修羅場に巻き込まれたとは思えないほど、あっけらかんとしている。

 フィーレは常識というものを知らない二人の言葉を聞いて、頭を抱えたのであった。

 しかし何かを思い出し、シュランメルト達に話しかける。


「そう言えば、あなた達。あの後、何やら拾っていらっしゃいませんでしたの?」

「ああ、これか」

「いっぱいあったよー!」


 シュランメルトとパトリツィアが、回収していた金属板を差し出す。


「全員1枚ずつ持っていた。回収できたのは、これで全てだな」

「見せてくださいませ……。ッ、これは!」


 フィーレはある文字を見て、驚愕と怒りを覚える。


「この、一番上にある文字を……」

「何だ?」

「どれどれー?」


 シュランメルトとパトリツィアが、それぞれ金属板を1枚取って確認する。


 持ち主の名前を除き全て共通している金属板の文字や模様。




 その一番上には、“Wolfheulヴォルフホイル”――“狼の咆哮”を意味する――と書かれていた。




「間違いありませんわ……。このヴォルフホイルとやらは、かつて私を襲ったあの狼藉者達ですわ!」


 フィーレの脳裏に蘇る記憶。

 シュランメルトが来なければどうなっていたか、想像するだに恐ろしい、記憶。


「あの時、おれがお前を助けた時にいた男達だな? フィーレ」

「その通りですわ。まさか、このベルグレイアにも存在していたとは……」


 フィーレが歯噛みしながら、金属板を忌々しげに眺める。

 次の瞬間、シュランメルトに金属板を返すと、フィーレは決断した。


「お父様に報告します。シュランメルト、パトリツィア。申し訳ありませんが、立ち会っていただけますか?」

「証人としてだな? もちろん立ち会おう。協力は惜しまん」

「シュランメルトが行くなら、ボクもー」


 あっさりと承諾してくれた二人を見て、フィーレは顔をほころばせる。


「では、参りましょうか」


 それから三人は、玉座の間へと向かったのであった。


     *


「失礼します、お父様」


 玉座の間の扉を開けた後、フィーレはすぐさまグロスレーベの元へと歩み寄る。


「どうした、フィーレ? それに御子様、そしてパトリツィア様まで」


 グロスレーベはシュランメルトとパトリツィアの姿を認めるや否や、玉座から立ち上がってひざまずく。


「グロスレーベ。フィーレが『報告したい事がある』と言ってな、おれ達を証人として連れてきたところだ」

「はっ、かしこまりました……。して、フィーレよ」

「はい」

如何いかなる要件か、申してみよ」

「かしこまりました、お父様。その前に、こちらをご覧ください」


 フィーレはシュランメルトとパトリツィアから金属板を受け取ると、8枚全てをグロスレーベに見せた。


「これは……?」

「“ヴォルフホイル”なる組織の狼藉者達が持っていた、金属板でございます。恐らくは、身分を示すあかしかと……」


 グロスレーベはフィーレの説明を聞きながら、じっくりと金属板を眺める。


「ふむ、身分を示す証か。その通りなのだろうな。下段にある文字は名前か……。そのすぐ下にある星は階級だろう。見た所、この1枚のみ星が2つある。つまりはこの8枚ちゅうで、一番格上という事なのであろうな」


 しばらく見た中で、ある程度金属板から情報を読み取るグロスレーベ。

 やがて、全ての金属板をシュランメルト達に返した。


「金属板から、最低限の情報は読み取れた。ではフィーレよ。私に報告せよ」

「はい。先ほど、労働者の地区にて起きた出来事でございました……」


 フィーレは順を追って、グロスレーベに説明する。


 食堂にて食事をしていた時に、8人の男に囲まれた事。

 シュランメルトとパトリツィアが、男達を撃退した事。

 男達から、金属板を回収した事。


 要点を的確に踏まえた説明を受けて、グロスレーベは首肯した。


「なるほどな。では……」


 再び、グロスレーベはひざまずく。


「まずは御子様、そしてパトリツィア様。フィーレをお守りいただき、誠にありがとうございました」


 深々と頭を下げ、礼を告げるグロスレーベ。

 しばらく頭を下げており、ようやくといった時に立ち上がる。


「そして、フィーレよ」

「はい」

「次からは、もうあの場所へは行かせられんな。お前であろうと構わぬ連中がいる以上、予防策は講じさせてもらう」

「かしこまりました」

「えー! あそこのご飯おいしかったんだけどなー!」


 ごねるパトリツィアを、シュランメルトが後頭部へのチョップで黙らせる。


「いたっ!」

「行くなら、おれ達だけで行くぞ。もっとも今のままでは、次はいつ行けるかは分からんがな」


 頭を抱えるパトリツィアを見ながら、シュランメルトが確かめる。


 と、その時。

 すぐ近くで、轟音が立て続けに響いた。


「何だ!? まさか、王城に敵……」

「お待ちください、御子様!」


 玉座の間の巨大な扉が、ひとりでに開く。

 その先には、純白に金で飾った魔導騎士ベルムバンツェが片膝を立てた状態で、跪く姿勢で待機していた。


(あれは王室親衛隊の? にしては少し、いやなかなか形が違うな……)


 シュランメルトが疑問に思っていると、一人の男が魔導騎士ベルムバンツェの胸部から降りてくる。


 そしてフィーレを見るや否や跪き、口を開いた。


「ご無事でしたか、フィーレ姫ッ!」


 色白で金髪碧眼、美男子びなんしと評するに相応しい男。

 それを見たフィーレは、思わず、叫んでいた。




「シュ……シュナイゼル・ベルリ・ヘルト!?」




 シュナイゼルと呼ばれた男は、黙って礼を取り続けていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る