第六章六節 予兆
その後。
以前と同じく、真っ赤に腫らした左頬にシップを貼り付けたシュランメルトは、フィーレから感じる怒りをひしひしと感じながら廊下を歩いていた。
「言い逃れはしないが……。流石の
「何がー? 気持ち良かったじゃん、シュランメルトー」
パトリツィアに言われた言葉をきっかけに、シュランメルトは思い出す。
(ふむ。実際気持ち良かったかはさておき、パトリツィアの胸はシャインハイルのそれとは別の
いつの間にやら、シュランメルトは胸の感触を思い出し、顔をわずかに赤く染めていた。
「ふふ……❤ エッチな事考えてるんでしょー、シュランメルトー?❤」
「なっ!?」
思考を見透かされたシュランメルトは、思わず声が裏返る。
「その様子だと図星だねー。ねーねー、ナニ考えてたのー?❤」
「言うものか!」
「“おっぱい”とかー?」
「!?」
「当たりだねー」
「ぐっ……」
うっかりとボロを出し、パトリツィアにバレてしまったシュランメルトは、無意識に顔を逸らしていたのであった。
「着きましたわ」
そんなシュランメルトの様子を知ってか知らずか、フィーレが扉を開ける。
そこでは、間もなく朝食の準備が整わんとしていたのであった。
*
そして本日も朝食などを済ませると、フィーレはシュランメルトを、そしてパトリツィアを伴って、ベルグレイアの散策へと移る。
「この辺りは肉体労働者の多い街ですわ。ここの皆様には、建築作業などで間違いなくお世話になっているはずですの。今は仕事中で、夜に活気づくはずですわ」
まだ行った事のない地域へと足を運んだ3人は、今日も城下町をのんびりと眺めていた。
シュランメルトとしては、記憶を取り戻す手掛かりが欲しいところだ。そしてそれは、どこに眠っているか分からない以上、自身に出来る事なら何でも試みていた。
「なるほどな。夜の様子も見てみたいものだ」
「ただ、少し……」
フィーレの声がしおれだす。
「この辺りは、喧嘩の発生率がかなり多いと聞いておりますの。決して治安は悪くないはずですのに……」
「危険という事だな」
「ボクはそんなに気にしないけどねー」
「でしたら、よろしいのですが……」
フィーレの心配をよそに、談笑するパトリツィア。
---
そんな三人の後をつける者達が、いた。
「あいつがアニキ達を殺したのか……」
「おまけに貴重な
「許せねえな……。ところで隣にいるアマども、結構イイ女じゃねえか?」
「だな! ボコるついでに、連れて行くか!」
8人ほどで群れている男達。
全員が、体に狼のタトゥーを彫っていた。
適当にくっちゃべっていながらも、人混みに紛れる程度には目立たず、シュランメルト達の後をつけ続けていたのである。
---
そんな不穏な出来事が迫っているのにも気づいていないシュランメルト達は、近くの食堂で昼食を取っていた。
「ふむ、こういう食事もいいな。
「まさに庶民的な味ですわね。これはこれで、
「んー、おいしーい! おかわりー!」
3人は提供された料理に、
「いらっしゃ、い……ませ……」
と、尻すぼみな店員の挨拶が響く。
シュランメルトとフィーレは、視線だけで来客を見た。
そこには、まっすぐ向かってくる8人の男がいた。
「知り合いかしら?」
「心当たりが無いな」
警戒する様子を崩さぬまま、シュランメルトとフィーレが短くやりとりする。
パトリツィアだけは、のんきに食事を続けていた。
男達はテーブルを取り囲み、その内の1人がシュランメルトに近づく。
胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、怒りを押し殺すような低い声で話しかけた。
「テメエが“漆黒の
シュランメルトは表情を崩さず、体も動かさぬまま答えた。
「その通りだ」
「来い。そこの女二人もな。おいお前ら、連れていけ」
男達の中で、2人がそれぞれフィーレとパトリツィアの体を掴み、立たせる。
「ちょっと、あなた達? わたくしが誰だか、ご存知無いのですか?」
「知ってますよ。フィーレ姫でしょう?」
「でしたら、このような狼藉を今すぐやめなさい! あなた達、タダでは済みませんわよ?」
「タダで済むのですね、これが」
「どういう意味かしら?」
「さあ、それはお連れした後にお教えしますかね。アニキ、確保しました」
男の一人が、シュランメルトを捕まえている男に報告する。
それを聞いた男は、パトリツィアを掴んだ男を見た。
「おい、まだか?」
「あ、あの……。『食べてたい❤』と言われたもので、少し……」
「バカかお前は! おい、誰でもいいから
アニキと呼ばれた男は、シュランメルトの確保を他の男に任せ、パトリツィアの元へと足音荒く寄る。
「おい、女。メシなら後で出してやるから、来い」
「やだ。ココのご飯、すんごいおいしーんだもーん」
パトリツィアがいつもの調子で、男の呼びかけを拒否する。
それを不愉快に感じた男は、語気を強めてパトリツィアに詰め寄った。
「このアマ、なめてんじゃねえぞ? オレ達“ヴォルフホイル”はな、ベルグリーズの軍隊がバックに付いてんだよ。てめえなんぞ、その気になりゃあ簡単に殺せんだからな?」
そう言ってパトリツィアに触れた、その時。
「ボクに軽々しく、触らないでくれる?」
パトリツィアから、軽い調子が消えた。
今まで出したことの無いドスの効いた声で、男を威圧する。
「あ?」
「ボクに勝手に触れていいのは、シュランメルトだけなんだよ……」
「何ぬかしてやがるこのクソアマがぁ!」
男が我慢の限界を迎えてパトリツィアに殴り掛からんとした、その時。
「いい加減、しつこいよっ!」
パトリツィアが立ち上がると、男の腕を払う。
そして即座にひじ鉄を作ると、鼻の骨に叩き込んだ。
「ぶがっ……!」
情けない声を上げ、男が真後ろに倒れる。
怒りの収まらないパトリツィアは、フィーレを捕まえている男を後ろから引き倒す。
「あーもー、うっとーしーなぁ! みんなまとめてやっつけてやる!」
よろけた男の側頭部に、またもひじ鉄を叩き込むパトリツィア。
華奢な見た目からは想像出来ない馬鹿力によって、男はあえなく吹っ飛ばされた。
「ならば」
好機と見たシュランメルトもまた、行動に移る。
思い切り後ろに進むと、自身を拘束している男を壁に叩きつけた。
「ぐっ!」
拘束が緩んだのを確かめる間も無く、振り向きざまに顔面を殴りつける。
一撃で、男は沈黙した。
「ひっ、ひぃっ!」
「クソッ、こいつら……!」
激昂した他の男達が殴り掛かろうとするが、それよりも速くシュランメルトの拳とパトリツィアのひじ鉄が炸裂する。
残っていた男達も同様に、地面にのされるまで、さしたる時間はかからなかったのであった。
*
「終わったな。さて、会計を済ませるか」
「え、ええ……」
「おいしかったー!」
シュランメルトとパトリツィアが、平然とした様子で話しているのを見て、フィーレは
と、シュランメルトが何かに気づく。
「何だ、この金属板は?」
狼の絵を刻まれた金属板が、倒れた男の胸ポケットから出ていた。
「なにそれー? ん、こっちにもあるよー?」
パトリツィアもまた、金属板を発見する。
結局、男達の人数と同じ数――8枚の金属板を二人は見つけ、そして回収した。
「会計、終わりましたわ」
フィーレはそんな二人の様子にかなりドン引きながらも、会計の終わった事を告げた。
「ごちそうさまでしたわ」
「ごちそーさま!」
「ご馳走様」
かくして三人は、無事に食堂を後にしたのであった。
---
シュランメルトが去った後の食堂にて。
一人の人物が、中へと入っていった。
「既に手遅れだったか……。やはり、私の大切な手下を……!」
歯噛みしながらも、倒れた男の一人に近づく。
そして、彼を揺さぶりはじめた。
「おい、無事か?」
「ん、あ……? あ、あなたは!」
「大丈夫そうだな。何があったか、話してくれ」
男は謎の人物に、ここでの出来事を洗いざらい話した。
「そうか、ありがとう。ところで、前会った時よりも胸元が薄いな? “
「……!? ま、まさか!」
男が胸元をまさぐるが、何も無い。
「あ、あの男やアマが盗んだんです! ここに来る時には、確かにあった!」
「だろうな。お前達があの印の大切さを知らないはずは無い。私からも口添えしておく、“将軍”も大目に見て下さるはずだ」
「あ、ありがとうございます!」
「気にするな。お前達は、私の大切な手下なのだからな」
謎の人物は微笑むと、他の男達の安否を確認する。
「大丈夫だな。自分で歩ける奴は歩け、そうでない奴は助けてやれ」
そして男達を全員助け出すと、「迷惑料だ」と言って店員に数枚の金貨を渡す。
食堂を後にした謎の人物は、虚空に向けて呟いた。
「シュランメルトとやら……。この代償は、いずれ必ず背負わせてやる!」
謎の人物は怒りを隠さず、男達と共にいずこかへと去っていったのであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます