第六章五節 手紙

 決闘を終え、兵装もろもろを格納し終えたシュランメルト達は、馬車の前にいた。


「今回は世話になった、アレス」

「自分こそ、決闘の申し出に応じて下さった事、感謝します!」

「まさかAsrionアズリオンに喧嘩売るなんて思わなかったけど、度胸は見どころあるよねー」

「光栄です!」

「ちょっと面白かったし、また戦いたければボク達に言ってよ。ね、シュランメルト?」

「ああ。では、失礼する」

「はっ! お気を付けて!」


 馬車に乗ったシュランメルトとパトリツィアを、アレスは視界から消えるまで頭を下げ続けて見送った。


     *


「あっさり終わったねー。もっとこう、粘るかと思ったんだけどさー」

「そうだな。とはいえ、潔く引く事もまた技量の一つだ」


 馬車に揺られた二人は、アレスの戦い方を評していた。


「とはいえ、おれもまだだな。今回はお前に助けられたぞ、パトリツィア」

「やったー! もっと褒めてー、シュランメルトー!」

「全く隠す気が無いとはな。さて、工房に帰ったら一人で飛翔装備……何だったか?」

「“フリューゲ”だよー」

「それだ。操る特訓をする」

「真面目だなぁ、もう……。キミへの負担を減らすために、ボクは存在してるってのに」


 シュランメルトの態度を見て、ほっぺたを膨らませるパトリツィア。

 そうしている間にも、馬車はだんだん王城へ向かっていく。


 そして馬車が王城にたどり着くと、二人は一日の残りを王城で過ごしたのであった。


     *


 翌日。

 朝食を済ませたシュランメルトは、メイドから一通の手紙を受け取っていた。


「確かに受け取った」


 そう言ってメイドを下がらせると、彼は差出人を確かめる。


「これは……リラからだな。どういう風の吹き回しだ?」


 乱暴に封筒を破り、シュランメルトは内容を確かめる。

 そこには、以下の文面が記されていた。


---


 お元気ですか、シュランメルト?

 こちらでは、グスタフ共々心穏やかに過ごしております。


 本題に移ります。

 この手紙の届いた日かその翌日に、貴方達は工房へ戻る事となるでしょう。

 ですので、そろそろ帰宅の準備を整えておいてください。


 また、何か新しい発見があれば、私に教えてください。

 特にAsrionアズリオンに関わる事は、優先して教えてください。

 貴方がどう思っているかはわかりかねますが、私としてはとても興味のある話ですので。

 とはいえ、もちろん話したくなければ、無理にとは言いません。それは安心してください。


 最後に。

 私の伝えた“罰”、全うしてくださいね。


 以上です。

 また工房で、お会いしましょう。


---


「なるほどな。リラ、お前はおれに忠告をくれたのか」

「誰から? まさかラブレター?」

「むっ、パトリツィアか」


 突如として耳元で響いた声に、シュランメルトはわずかに顔をしかめる。

 大抵の物事には冷静に対応出来る彼ではあったが、耳元でよく響く声を言われるのはその例外の一つであった。


「あったりー。それよりもさー、誰からなの? まさか『ボクやお姫様シャインハイルよりも先に、こっそり作ってた恋人だー』って事は無いよねー?」

「違うな。行き場の無いおれを保護してくれた、恩人だ。それ以上の関係など無い」

「そっかなー? まさか“宿代”と称して、いろいろヤってたりヤられてたりー」

「していないと言っているだろう。大概にしろ……む」


 はたと、シュランメルトは気付く。

 ある一つの可能性に。


「パトリツィア、一つだけ聞いておきたい事がある」

「なにー?」

「お前の行動についてだ。これからどうするつもりだ?」


 質問という体裁ではあるのだが、シュランメルトは答えを確信している。

 事実上の確認だった。


「どうするも何も……ボクは“変わり身”だから、ずっとキミと一緒にいるよー? シュランメルトー」

「やはりな。という事は、リラの工房にも来る訳だ」

「当たり前でしょー? “変わり身”は、キミの一族の末裔まつえいとはずっと一緒にいるんだよー?」


 パトリツィアは上機嫌にスキップしながら、シュランメルトの周りを飛び跳ねていた。

 やがて抱きつこうとするパトリツィアだが、左胸に右手を突っ込まれて止まる。


「やめろ」

「やぁん、シュランメルトのヘンタイ❤」


 身をよじらせながらも、手をどけようとはしないパトリツィア。

 と、その時。


「……」

「ふぇ!? ちょっ、待って、シュランメルト……やぁん❤」


 あろうことか、シュランメルトはパトリツィアの胸を、表情一つ変えずに揉み始めた。

 黙々とパトリツィアの胸を、左手まで用いて揉みだす。


「やっ、ダメぇ、そんなぁ……❤」


 口先でこそ抵抗しているが、そこまでだ。

 パトリツィアはされるがまま、シュランメルトの責めを味わっていた。




 と、ノックの音が部屋に響く。

 シュランメルトはすぐに手を引っ込めようとする――が。




「だぁめ。逃がさないよ❤」


 パトリツィアがシュランメルトの両手首を、ガッチリと掴んだ。


「!? この、離せ……!」

「やだ。もっと揉んで?❤」


 予想を遥かに上回る握力に、さしものシュランメルトですらもやすやすとはほどけない。

 そして、無情にも扉が開いた。


「シュランメルト、手紙が………………って………………」


 つい数日前にも見たような、そんな光景。

 視界には、シュランメルトがパトリツィアの胸を揉みしだくさまがはっきりと映っていた。


「…………」


 シュランメルトはシュランメルトで、口をつぐんでいた。

 もはや弁解の余地が無いこの状況では、潔い態度であった。


 そんな中。

 パトリツィアが、状況を動かす一石を投じる。


「あぁん、止めないでぇ? シュランメルトぉ❤」

「…………」


 その言葉で、何かが切れたフィーレは、カツカツと足音を立ててシュランメルトの前に立つ。

 そして。


「シュランメルトォオオオオオオッ!」


 爆発した怒りやら羞恥やらの感情を右手に乗せ、全力でシュランメルトを打ち据えたのであった。

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