第六章四節 暗躍

「何だこれは!? 今までとは違うぞ……!」


 体が“浮き上がる”感覚に、シュランメルトは驚きを隠せない。

 記憶の限りでは、このような感覚は無いからだ。


 そんな状況でも、パトリツィアは平然とAsrionアズリオンの動作補助をしていた。


「ほらシュランメルト、さっさと姿勢制御しないとやられるよー?」

「姿勢制御だと!? くっ……!」


 シュランメルトの感覚を頼りにした思念により、強引に空中でバランスを取るAsrionアズリオン

 その背面と腰部から取り付けられた筒状の物体からは、青い炎と見まがう何かが噴射されていた。

 物体はBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの有する“フリューゲ”と、ほぼ同等のものと見て取れる。


 それぞれBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルは2基、Asrionアズリオンは5基という、搭載している数を除けば。


「ほら安定してきた、そのまま!」

「良くわからんが、この状態を維持する事は出来そうだ……!」


 どういう訳か、シュランメルトはあっさりと、この機構に適応してみせた。それを証明するかのように、Asrionアズリオンの姿勢が空中で整っていた。


「よーし、これで準備は万端!」

「仕掛けるぞ」

「やっちゃってー、シュランメルト!」

「承知した」


 その言葉と同時に、Asrionアズリオンは盾を投棄する。

 硬質な音と同時に、結晶片が舞い散る。


「覚悟を決められたようですね。では、自分も本気を出させていただきます!」


 アレスもまた、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルにスピアを構えさせる。

 ここまでは今まで通りだが、今回は現出装置が淡く輝きだしていた。


「気を付けて、シュランメルト。今度は光弾も撃ってくるよ」

「承知した。あの水色の宝石からだな」


 現出装置とは、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの表面に多数配置された水色のクリアパーツを指す。

 事前に組んであった術式――「遠距離攻撃用の光弾」と「防御用の障壁」の2つ――を、魔力を通す事で任意に発動させる装置だ。

 それだけにとどまらず、搭乗者の魔力を増幅させる機能を有し、負担を大幅に軽減する役割も併せ持っている。


 そんな現出装置を輝かせたBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデル――のみならず、全ての魔導騎士ベルムバンツェが当てはまるが――は、ある種の神秘さを纏っていた。


 もっとも、神秘的なのは見た目だけである。

 それを証明する出来事が、直後に起こった。


「まずはこちらを!」


 10を超えるBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの正面に配置された現出装置からは、一斉に光弾が発射される。

 精度はそこまで高いものではないが、アレスの目的は、当てる事とは別にあった。


「回避するぞ!」

よ!」


 そんなアレスの意図も気にせず、二人は短い言葉を交わした。

 一瞬のやり取りの後、Asrionアズリオンが宙に浮き上がる。


「なっ!?」


 驚愕に目を見開いていたのは、アレスだ。

 放った光弾のことごとくをかわされた事に、うろたえていた。


 アレスの目的は“光弾による牽制”である。

 それによって動きを封じたのち、必殺のスピアで決着を付ける――そんな目論見は、Asrionアズリオンの圧倒的な飛翔力の前に消え去った。


 攻撃を空振りしたアレスは、動揺も合わさって大きな隙を作る。

 シュランメルトはそれを逃すほど、“ぬるい”男ではない。


「今だ。パトリツィア、“降ろせ”!」

「分かった!」


 間髪入れず、パトリツィアがAsrionアズリオンの高度を下げる。

 それを見たシュランメルトは、最小の動作で確実に肩関節を狙った。


「貰ったぞ」


 いまだ大きな隙があるBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルは、避ける事かなわずAsrionアズリオンの剣の一撃を受けたのであった。


「ぐっ……! 右肩を……!」

「アレス、降参するか?」

「……」


 アレスは一瞬だけ、逡巡する。

 しかし、次の瞬間、即座に答えを出した。


「はい、参りました。やはり自分では、敵いそうにありません」

「承知した」

「賢明だねー」


 Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルが左腕を上げ、降参の意思を示す。


 Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの右腕は、脱落こそしていないがぶら下がるだけの代物と化していた。

 これではスピアを抱えられず、必殺の突撃も無意味である。現出装置から放つ光弾や盾もあるにはあるが、これだけでAsrionアズリオンに勝てると思う程、アレスは楽天家ではなかった。


 かくして、決闘はまたもAsrionアズリオンの勝利に終わったのであった。


     *


 この決闘を眺める、一人の人物がいた。

 アレスと同様の服装をしているが、フードを深く被っている。


「あれが、“漆黒の魔導騎士ベルムバンツェ”か……。私の大切な手下を、殺した……!」


 自らの歯を砕かんばかりに噛みしめ、拳は白くなるほどに握り込んでいる。

 吐き捨てるように言った言葉には、純粋な憎悪だけがあった。


「しかし今は、“将軍”に報告しなくては……! 『漆黒の魔導騎士ベルムバンツェを見つけた』と……!」


 その人物はもう一度Asrionアズリオンを睨むと、再び吐き捨てた。




「待っていろ……! 必ずお前達を、手下かれらの元に行かせてやる……!」




 そして今度こそ、その場を後にしたのであった。

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