第六章三節 請闘

「何言ってんの? アレス」


 パトリツィアは無表情に、しかし冷淡にアレスに告げる。


「まさかボクとシュランメルトのAsrionアズリオンを、そこらの魔導騎士ベルムバンツェと同等だとは思ってないよね?」


 言外に、「お前では相手にもならない」と伝えている。

 これまでに見せなかったパトリツィアの一面に内心驚いていたシュランメルトは、しかしはっきりとパトリツィアを制した。


「やめろ、パトリツィア。おれは決闘を受けるぞ」

「えっ? けどさシュランメルト、時間の無駄じゃない? 結果は見えてるのに」

「良いのさ」


 シュランメルトは明瞭な声で、パトリツィアに話す。


「彼……アレスが言って止まるような男とは思えないな。何となく、そう思うのさ。それにもしかしたら、おれの記憶に関わるかもしれない。おれの心が、『受けろ』と言っている」

「……わかった。キミがいいなら、ボクはもう何も言わない」

「助かる」


 パトリツィアを説得したシュランメルトは、拡声機をオンにしてアレスに話しかける。


「話は付いた。その決闘、引き受けるぞ。アレス」

「ありがとう、ございます……!」


 承諾の意思を告げ終えたシュランメルトは、「ただし」とアレスに追加で言った。


「模擬戦闘形式だ。互いに胸部は狙わず、得物も訓練用。それでなら引き受けよう」

「勿論です。決闘とは申しても、自分はシュランメルト殿のお命を狙っている訳ではありませんので」


 アレスは二つ返事で承諾すると、格納庫から演習用の武器を回収しに行ったのであった。


     *


 数分後。

 刃を潰した剣2本――うち1本は鞘付き――と穂先を丸めたスピア1本、そして盾2枚を順繰りに用意したアレスは、500mほど離れた距離でAsrionアズリオンと相対していた。


「勝敗の決め方はそちらに一任する」

「では、『降参』の一言を先に言った側の負けとします」

「承知した」


 勝敗の条件を確認したシュランメルトは、Asrionアズリオンに剣を構えさせた。

 同様に、アレスのBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルもまた、スピアを構える。


「全力で受けて立とう」

「光栄です。それでは、参ります……!」


 宣言と同時に、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルが疾走する。

 Asrionアズリオンの操縦席内部では、決闘中とは思えぬ口調で、パトリツィアが呑気にシュランメルトへと提案していた。


「まともに受けるのー? あんなのさー、かわしちゃえばいいじゃん」

「十分に引き付けてからだ。まだ速度の出切っていないタイミングで動いても、無意味だ」


 シュランメルトは淡々と、パトリツィアに返す。

 その間にも、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルは迫ってきていた。


「まずは挨拶代わりです!」


 十分に速度を乗せた状態で、スピアによる突きが来る。

 潰れた穂先ではまず貫通する事は有り得ないが、それでも命中すれば相当な衝撃を受けるのは容易に想像できるだろう。


 だからこそ、シュランメルトは。


「はぁっ!」


 盾で穂先を殴りつけるようにし、スピアの軌道を逸らす。

 生まれた隙を突き、Asrionアズリオンの肘でBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの頭部をしたたかに殴りつけた。


「ぐぅっ、何たる衝撃! これはもしや、愛機に……」


 アレスの危惧した通り、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの頭部はわずかに陥没していた。


「しかし、こうでなくては! これでこそ、英雄というものです!」


 アレスは一度機体を下がらせ、態勢を立て直す。

 それを阻止せんとパトリツィアが意気込むが――


「逃がさないよ!」

「……」


 操縦を担当するシュランメルトは、呆けていた。


「こら、シュランメルト! どうしちゃったのさ!? ボーッとしている余裕なんて無いんだよ!?」


 大慌てでパトリツィアがシュランメルトを叱りつける。

 シュランメルトはわずかばかりの声で、呟いた。


「英雄……だと? おれが?」

「は?」


 意味を理解出来ていないパトリツィアが、呆れた様子で呟く。

 それを後目に、シュランメルトはアレスに問うた。


「アレス!」

「はっ、何でしょうかシュランメルト殿!」

おれを“英雄”と言ったな。どのような意味で言ったか、教えてもらいたい」

「どのようなも何も……。覚えていらっしゃらないのですか、シュランメルト殿!?」


 信じられないといった様子で、アレスはシュランメルトに問い返す。


「あれは七年前の事……かの悪名高き“ハドムス帝国”が暴虐に、敢然と立ち向かった一人の青年がいたのです。




 その青年は黒髪に黒目、そして首と手首、両足首に、独特のアザを持っていた!

 加えて今までに無い、“漆黒の魔導騎士ベルムバンツェを駆っていた”のです!




 これが貴方でなくて何と言うのか、シュランメルト殿!」

「何だと……!?」


 シュランメルトはことごとく自らと一致する“青年”の特徴を聞いて、大いに動揺していた。

 それを聞いたパトリツィアもまた、アレスの言葉を肯定する。


「確かに、今の言葉を聞いた限りじゃキミそのものだよねー、シュランメルト」


 けど、と言いながら、パトリツィアはシュランメルトを叱咤する。


「今は決闘の真っ最中だよ。話し合うなら、決着を付けてからにしない?」

「パトリツィア殿……! ええ、そうさせていただきましょう!」


 拡声機に拾われていたパトリツィアの声は、アレスの耳にも届いていた。


「では、改めて参ります!」

「来い。全力で応じよう」


 アレスはBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルを疾走させ、同様の手順で刺突にかかる。


「既に見た戦法だ。捌いてみせる」

「いえ、今度は変えてみせます」


 不敵に笑ったアレスは、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの腰部の筒状の装置を起動させる。

 次の瞬間、装置から青い炎が噴き出し、Bispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの体を浮かせた。


 “フリューゲ”と呼ばれるこの装置は、機体内部に蓄積し、また大気中に漂う“魔力”と呼ばれる物質を噴射して滞空能力と高速度を確保するためにある。

 値が張るために指揮官機などの高級機種にのみ搭載されているが、その分性能も高く、使い方次第では戦場をも支配出来る装備だ。


「見た事の無い装備だな……」


 シュランメルトが呟く間にも、どんどんBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルの速度は増していく。

 それを見たシュランメルトは、パトリツィアに問いを投げかけた。


「このAsrionアズリオンに、同様の装備はあるか?」

「あるよー。ちょっとだけ時間ちょーだい、ぱぱっと叩き起こすから」

「承知した」


 手早く返答を済ませたシュランメルトは、迫るBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルを凝視する。

 その、次の瞬間。


「今だ」


 盾に角度を付けながら、受け流すようにスピアを回避する。


「浅いか……! やはり“英雄”相手には生ぬるいものでしたね、今の一撃も」


 しかしスピアの先端は盾を捉えており、みるみるうちに切れ込みが走る。

 スピアの穂先をそらす事には成功したものの、盾は結晶片をまき散らしながら、ほぼちょうど半分に破断した。


「とはいえ、訓練用ではあるものの……盾を砕けただけでも十分上出来。さて、まだまだ行きますよ……!」


 アレスはBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルを浮かせた状態のまま、フリューゲから噴射する魔力を増やす。


「もう一撃……!」


 再び、スピアの穂先がAsrionアズリオンに迫る。

 Asrionアズリオンは素早く反転し、対応しようとして――


「お待たせ!」


 パトリツィアが叫ぶ。

 と、同時に。


「うおっ!?」

「!?」


 シュランメルトは違和感を覚えた。

 その“違和感”を見ていたアレスもまた、驚愕した。


 二人がショックを受けた、“違和感”の正体。




 それは、Asrionアズリオンであった。

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