第五章五節 恋敵
しばしの静寂の後。
最初に沈黙を破ったのは、意外な事にシャインハイルであった。
「“パトリツィア・アズレイア”……。それが貴女の持つ名前なのですね」
「そうだよー。ボクはボクに、そういう名前がある事を知ってるんだよー。なぜかは分からないけどねー」
「なるほど……。やはり貴女は、“変わり身”なのですね」
確信を持ち、パトリツィアを見据えるシャインハイル。
その瞳には、自らよりも貴き存在に対する敬意と、敵意が同時ににじみ出ていた。
「この後、少しお話をさせていただきたいのですが?」
わずかに冷気を含ませた声で、凛と告げるシャインハイル。
パトリツィアは顎に人差し指を当てて考え込むと、答えた。
「いいよー。ただしシュランメルトも一緒にねー」
「ッ、それは……」
シャインハイルは言葉に詰まる。そのままチラリとシュランメルトを見るが、彼もまた、困っているようであった。
「何故
「えー、ボクはキミにくっついていたいんだけどなーシュランメルトー」
それを聞いたシャインハイルは、冷徹に決断を下した。
「シュランメルト。彼女と一緒に、来てくれますね?」
「お前に言われては仕方がないな……。では後でシャインハイルの部屋に行くぞ、パトリツィア」
「うん」
フィーレやグロスレーベそっちのけで、3人は話を終えた。
その後、どうにか会話に割り込んだグロスレーベは、「当分の間はベルリール城に泊まって良い」と、パトリツィアに告げたのであった。
*
「さて、パトリツィア様。わたくしは貴方に、話しておきたい事があります。シュランメルトも聞いていてください」
「はーい」
「承知した」
集まりを解散してから、3人はシャインハイルの部屋で再び話し合っていた。
しかし、様子が妙である。
「では、お話しします」
シュランメルトの右腕にはパトリツィアが、左腕にはシャインハイルが抱きついているのだ。
両脇から押し付けられる柔らかな――特に二人の、豊満な胸の――感触に、シュランメルトは平静を失いつつあった。
そんな中であっても、シャインハイルは率直な思いをパトリツィアにぶつける。
「パトリツィア様。あまりシュランメルトに、なれなれしく接さないでいただけませんか? そこまで接さなくとも、子供は作れますでしょう?」
その言葉を聞いたパトリツィアは、きょとんとしていた。
「なんでー? ボクは“変わり身”だからさー、なれなれしくするのは当たり前でしょー?」
「そうですか。
「おい、二人とも落ち着け……」
シュランメルトが止めるが、二人の乙女は止まる気配が無い。
シャインハイルは、さらに続けた。
「申し訳ありませんが、小さい頃から接している
あくまでもシャインハイルは、パトリツィアに言い切る。
それを受けて、シュランメルトも話し出した。
「同感……とは、違うかもしれないがな。パトリツィア、聞け」
「んー?」
「いくらお前が
ゆっくりと、しかしきっぱりと言い切ったシュランメルト。
パトリツィアは別段怒るや悲しむでもなく、またもあっけらかんと言い放った。
「なんかすんごい警戒心を出されてるけどさ。別に、キミ達二人の恋を邪魔するつもりはないよ?」
「え?」
「何ですって?」
予想だにしていないパトリツィアの言葉に、シュランメルトとシャインハイルが驚愕する。
「当たり前じゃん。ボクがシュランメルトに孕ませてもらいたいのは事実だけどさ、だからと言ってボクと結婚する必要までは無いし…………仮にボクかシャインハイルと結婚したとしても、キミは重婚していいんだよ? シュランメルト」
「「……」」
重婚。
意味は分かるが聞きなれない言葉に、シュランメルトとシャインハイルは固まっていた。
「ん、知らないのー? 『私の子供はいくらでも子孫を繁栄させても良い。よって、何人もの異性と契りを交わす事を許す』って、
「「は」」
「“は”?」
「「ハァーーーーーーーーーーッ!?」」
「うわっ、急に叫ぶなんて!」
二人の驚愕に、パトリツィアは慌てて耳元を押さえる。
間を置かずして、シュランメルトがパトリツィアを問いただし始めた。
「ま、待て! そういうのは、何と言うか……」
「“
「倫理的にどうなんだよ!?」
「倫理的も何も、
「いらん! まったく、何だったんださっきの険悪な雰囲気は……。言っててむなしくなってきた……」
「
「んー?」
シュランメルトもシャインハイルも、二人揃って肩を落としている。
そんな様子を見たパトリツィアが、シュランメルトに話しかけた。
「何落ち込んでるのー? そんなに気分が沈んでるなら、ボクが気持ちよくしてあげよっかー? ボクもキミの子供、孕みたいしー」
「「静かにしろ(してくださいませ)!」」
恋敵にはなりえないと判明しても、シュランメルトとシャインハイルは当分、パトリツィアの雰囲気について行けそうに無いのであった。
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