(解説有)第五章四節 肩身

「おい待て、まさかこの部屋を壊す事は無いだろうな!?」


 何をしでかすか分かったものではない乙女を見て、シュランメルトは必死になって叫ぶ。


「無いよー。“あるモノ”を作るだけだからー。まあ、そこで静かに、じっと見ててねー」


 そして目を閉じた乙女は、何やら唱え始める。


まことなる金属よ、うまでよ!」


 唱え終わると同時に、乙女の両の手のひらから光の円盤が生まれ、その中から輝く何かがゆっくりと出る。

 シュランメルトが食い入るように見つめる中、その何かはベッドの上に落ちた。


「これは……金属、か?」

「そうだよー。より正確に言えば、キミのAsrionアズリオンに使ってるパーツの素材そのものかなー」

「何だと!?」


 今までとは違う真剣な語り口に、しかしシュランメルトは予想の外にある言葉を聞いて再び戸惑う。


「キミの御霊みたまであるAsrionアズリオンだけど、その体の大半は複製元のAsrielアスリールと同じ、この金属で出来てるの。何と言うかー……“古代の特殊金属”ってものだねー」


 乙女はシュランメルトの様子を窺いつつ、話を続ける。


「それで、ボク達“変わり身”は、代々Asrionアズリオンの修復を行う役目があるんだよねー」

「何!? アレは……Asrionアズリオンは、おれだけのものじゃないのか!?」

「そうだよー。Asrionアズリオンはー、代々キミ達の一族に授けられてー、受け継ぐ事になってる特別な贈り物ー。もっとも、受け継いだからといって――受け継がせる側の――先代が使えなくなるワケでもないしー、少なくとも今現在の時点ではー、間違いなくキミの持っているモノなんだけどねー」

「それを聞いて安心したぞ……」


 ほっと息をつくシュランメルト。

 その様子を見て、乙女がベッドの上に座る。


「安心した? それじゃ、ボクの胸に飛び込んでおいでー。ボクが君の欲望を受け止めてあげよー」

「全力で断る」

「えー。ボクを孕ませてよー」

「断ると言ったはずだ」


 二人が押し問答を繰り広げていると、ノックの音が響く。


「なっ!? これはまずい……!」

「何がー?」

「いいから早く隠れ……」

「入りますわよ、シュランメルト。まったく、もう既に朝食の……じ、か……」


 フィーレの目が、どんどん丸くなっていく。


「お邪魔していまーす」


 そこには、全裸のままである――しかもそれを隠しもしない――乙女が、あっけらかんとした様子でベッドに座っていたのである。


「え、ちょ、これは……」


 フィーレの頭の中ではいくつもの情報が飛び交い、収拾がつかなくなっていたのだ。


「……」


 シュランメルトもシュランメルトで、フィーレに対し何も言わない。言う様子も無い。

 何故なら、彼も同様の事態に陥っているからだ。言葉を話す以前に、思考がまとまっていないのである。


「二人とも、どしたのー?」


 ただ一人、乙女だけが相変わらずの調子である。

 ややあって、フィーレは。


「ふ、ふざけるんじゃありませんわ………………シュランメルトォオオオオオオッ!」


 行き場の無い感情を全力で右の平手ひらてに乗せ、シュランメルトに全力でぶつけたのであった。


     *


「……朝っぱらから痛いものだな」


 広大なダイニングテーブルにて。

 左頬を真っ赤に腫らし、その上にシップを貼り付けた状態のシュランメルトは痛覚を、そしてフィーレから刺さる冷えた視線をこらえながら食事をとっていた。


「まーまー、機嫌直してよ」

「お前はおれを振り回しすぎだ」


 そのすぐ隣には、乙女が座っていた。メイド服姿で。


 あの痛烈な平手打ちの後、フィーレははらわたを煮えくり返らせながらもシュランメルトの説明を受け、とりあえずの応急処置としてメイド服を一着貸与したのだ。

 その際にシュランメルトが話した「この乙女は“変わり身”である」という説明は、既にシャインハイル、そしてグロスレーベにも連絡済みである。朝食が終わった少し後に確認を行う手はずだ。


「それにしても、なかなか……大胆、ですこと」


 面白くないのはシャインハイルである。

 表面上穏やかな声と表情を浮かべてはいるものの、いきなり現れた乙女にシュランメルトを横取りされては、心に波が立つだろう。


 そんな状況を見たシュランメルトは、口に含んだ食事を飲み込むと、一言だけ呟いた。


「肩身が狭いとは、この事か……」


 それからは黙々と食事をとり続ける。

 30分と経たない内に、全員が朝食を終えたのであった。


     *


 程なくして、シュランメルト、フィーレ、シャインハイル、グロスレーベの4人――そして最重要人物である黒髪の乙女を合わせた計5人は、玉座の間へと向かっていた。

 シュランメルトの報告にあった“未知なる金属を生み出す力”を確かめるためである。もっとも、既にシュランメルトは一度間近で見ているため、何をいまさらといった様子ではあるのだが。


「それじゃ、いくよー」


 軽い調子で乙女が告げると、前に差し出された両の手のひらから光の円盤が、そして光り輝く金属がゆっくりと出てくる。

 隠そうにも隠し切れぬ大きさの金属だ、まさかイカサマを使ったとは思うまい。グロスレーベら王族3人は金属をじっくりと見聞したが、いまだに決断を下せずにいた。


「御子様、いかがいたしましょうか?」

「金属に詳しい者に聞くべきだな。もっとも万が一彼女が“変わり身”でなかったとしても、その時は個人的に保護下に置かせてもらうさ。リラには負担をかけるが、いずれにせよ、おれは信じるさ。何せ心までピタリと言い当てられたんだ、信じるなというのが無茶だ」


 そこまで言って、シュランメルトはふと思った。


「ところで、お前の名前は? おれはまだ名前を聞いていないぞ」


 そう。

 シュランメルトが起きてからずっと話していた乙女からは、まだ名前を聞いていないのだ。


 けれども、乙女の沈黙は長いものである。


「もしや、名前を与えられていないのですか? でしたら今この場で、あなたに名前を――」

「待ってよ。たった今、思い出したんだ」


 もしやと思ったフィーレの申し出を、しかし乙女は一蹴した。




「ボクの名前はPatricia Asreiaパトリツィア・アズレイア。それが記憶に刻まれた、ボクという存在の固有名詞さ」




 静寂な玉座の間に、パトリツィアの透き通った声が凛と響いたのであった。



       ――解説欄――



●パトリツィア・アズレイア...Patricia Asreia


身長:170cm 3size:100(K)/55/95

体重: 50kg

年齢:(不明)


〈概要〉


 シュランメルトにあてがわれた“変わり身”の乙女。

 黒髪黒目の女性である。一人称は“ボク”。


 “変わり身”の使命である「建国の英雄の一族の血を残す」ということを全うするため、積極的にシュランメルトを誘惑する。また(黒猫の姿でいたときに)シュランメルトに助けられた事もあったため、シュランメルトに対する大きな好意をもまた、抱いている。


 Asrionアズリオンの構成素材の大半を占める“古代の特殊金属”を、無尽蔵かつ無制限に生成できる。

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