第五章三節 正体

「まったくもう、キミはうるさいなあシュランメルト。ボクがすっ裸でいる事は、そんなにおかしいかなぁ?」


 黒髪の乙女は、悪びれる様子無くさらりと言う。


「お……おかしい、だろう」

「ふーん。どうして? 猫は毛皮はまとっても、服は着ないよねー?」


 乙女の言葉に、シュランメルトが言葉に詰まる。しかしすぐに適切な言葉を思い付き、乙女に返答した。


「それはそうだが……。それとは別に、お前に対していくつも質問があるがな……。まずは一つ聞こう」

「いいよー。ついでに言うと、子作りのやり方とかも聞いていいかなー」


 あっけらかんと性的な意味を匂わせる乙女に、シュランメルトは頭を押さえた。


(この女には、『恥じらい』という言葉は無いのか……?)

「ねーねー、どーしたのー? ボクの体を直視出来ないの? それともボクをどうやって襲うか、作戦でも考えてるー?」

「少し黙っていてくれ……」

「はーい」


 思わずシュランメルトが毒を込めて静止すると、乙女はあっさりと従った。

 何とかもぎ取った沈黙を利用して、最初の質問をぶつける。


「まず一つ。お前は猫ではなかったのか?」

「そうだよー」


 即答する乙女。

 シュランメルトは目を白黒させながら、続きを問うた。


「少し待ってくれ。おれが言いたいのは、『お前はどうして猫から人になったのか』、と……」

「ボクが“変わり身”だからかなー」

「は?」


 予想すらしていない方向からの返しに、シュランメルトは思わず間の抜けた声を出してしまった。


「“変わり身”は神様の分身だから、こんなキテレツな事も出来るよー。ちなみにあの猫のカラダはー、1日1回限りの使い捨てなんだー」

「つまり、だ。お前は神……Asrielアスリールからの力を借り受けているから、変身という芸当が出来ると?」

「うん、そうだよー。正確には変身じゃなくて、“脱皮”みたいなものかなー」

「“脱皮”だと?」

「うん。ちゃんとした“変わり身”になる前に、何か動物になった状態でそれぞれの伴侶と会うの。よくわかんないけど、何となくそんな事を覚えてるんだよね、ボク」


 意識してか無意識にか、乙女はシュランメルトに抱きつき、耳元で囁くようにして答えていた。

 たまりかねたシュランメルトが、乙女の肌にそっと触れ、押し出すようにして突き放す。


「離れろ。暑苦しい」

「えー。ボクはキミに抱きついていたいし抱きたいし抱かれたいのにな、シュランメルトー。けどー、ボクの素肌に触れてくれた事は素直に嬉しいよー」


 ささやかな抗議をしつつも、乙女はすんなりと離れた。

 熱源が離れて落ち着いたシュランメルトは、次の質問を投げかける。


「二つ目だ。お前はどうして、そんなに…………おれに、ベタベタとれるんだ? おれには、お前の気持ちがよく分からない」

「これは簡単かなー。“本能”ってやつだね。ボクの」

「お前にはどうしようもないという事か」




「うん。何と言うかね、ボクはキミとの子供をはらみたいし、産みたいとも思ってるからね」




「ぶっ!?」


 唐突な乙女の爆弾発言に、シュランメルトは我慢の限界を一瞬で通り越して噴き出した。


「ゲホッゴホッ、ガハッ! な、何を言っている……!?」

「何をって……ボクとの素直な欲望だよー? 言葉通り、キミの子供を孕んで産みたいの」

「二度も繰り返さなくて良い!」

「恥ずかしいの?」

「当たり前だ!」


 顔を真っ赤にして反論するシュランメルト。

 普段の冷静さはどこへやら、彼は大いにうろたえていた。


「ところで、もう質問は終わり? 終わりなら、朝早くからガチガチになってるキミの――」

「まだあるぞ」

「ちぇっ」


 不満そうにしながらも、乙女はシュランメルトの質問を待った。


「三つ目だ。お前がAsrielアスリールの“変わり身”である証拠はどこだ?」

「ボクのキミに対する愛情が証拠じゃないの?」

「愛情と言うか、それは性欲だろう。それもかなりの変態性欲だ」

「けっこう言ってくれるねー。ボクはそういう言葉でも興奮するけどさ」

「勝手に興奮していろ、おれは付き合わんぞ」

「つれないなー。せめてボクを孕ませてよ」


 いいかげん乙女の物言いに慣れたのか、シュランメルトは既にいかなる反応も示さなくなってきていた。


「お前のおれに対する反応はもう十分分かった。他の証拠を見せろ」

「じゃあキミの心を当ててみよっかー」


 乙女の口から、人間では到底信じられない事が飛び出す。

 次から次へと飛び出す常識外れの乙女の言葉に、シュランメルトが食ってかかった。


「出来るのか?」

「出来るよー。歴代の“変わり身”も、伴侶の心を読んでたもん」

「なら、おれが何を考えたか、文章にする。一言一句正確に言い当ててみせろ」

「いいよー。『どうしてこんな変態がおれの“変わり身”なんだ?』かぁ。キミさー、けっこうひっどい事言ってくれるよねー」

「……」

「どしたの? 今度こそボクを襲う気? いいよー、ばっちこーい」

「もう一度だ」

「ん? キミさー、ボクと一度もしてないのに“もう一度”って、それ何て……」

「今度は別の文章を思い描くから、当てろ!」

「はーい」


 くどくどと長くなる乙女の話を遮り、シュランメルトは別の文章を思い描く。


「出来たー? 出来たみたいだね。『お前は本当にAsrielアスリールの分身なのか?』かぁ。それについてはゆっくり答えてあげるとしよー」


 乙女はいつの間にかシュランメルトの背後に回り、豊かな胸を背中に押し付ける。


「そもそも、ボク達“変わり身”は、純度100%のコピーじゃあないんだよー」

「何だと?」

「さっそく驚いてるねー。そうだよー、ボク達はAsrielアスリールの純粋なコピーじゃないの。必要最低限の情報は組み込まれるけどー、後はキミ達伴侶の好みに合わせるかなー」

おれはお前のような人間と恋仲に至るつもりは無いぞ」

「だよねー、つれないキミなら言うと思ったよー」


 あっさりとシュランメルトの言葉を認める乙女。

 それがかえって不気味で、シュランメルトは思わず続けて質問した。


「なら、お前の姿や性格はどうしてそんなものになったのか?」

「この姿かー。キミの“潜在意識”ってモノに一番響くカラダみたいなんだー。キミさー、好きな女の子がいるでしょー? ボクに似た体型の」

「ッ、それは……」


 シュランメルトはすぐに、シャインハイルの存在に思い至る。


(確かに、言われてみれば体型はシャインハイルに似ている……。特に胸、それに太ももやふくらはぎの肉付きだ。髪や瞳の色が違う事を除けば、こいつの言う事はぴたりと当てはまる……)

「やーん、乙女のカラダをジロジロ見るなんて、いやらしー」

「うるさい!」

「ひゃっ」


 度重なる乙女の言葉に、ついに我慢の限界を迎えたシュランメルト。


「いい加減、証拠を見せろ」

「もう十分見せたけどなー?」

「違うな。おれの言う証拠というのは、“目に見える文章や出来事”だ。言葉などいくらでもつくろえる。そこに証拠としての意味は無い」

「分かったよー。しょうがないなー、ボクの本気をちょっとだけ見せなくちゃね」




 乙女は布団をバサリとまくると、ベッドを降りて両腕を前に突き出す。

 そしてゆっくりと息を吸い、両の手のひらをぴたりとくっつけたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る