第五章二節 乙女

「シュランメルト! 大丈夫なのですか!?」


 少年達を撃退した後、フィーレがシュランメルトの元へ駆け寄ってきた。


「ん? ああ、まったくもって無傷だぞ」


 振り返るシュランメルト。

 その両腕には、黒猫が抱きかかえられていた。


「あら、猫を……キャッ!」

「シャーッ!」


 初めて見るフィーレという存在に、まだ怯えが残っていた黒猫は毛を逆立てて威嚇する。


「こら、大人しくするんだ。彼女はお前の味方だ」

「ミャァ……」


 まるで人語をかいしているかのように、黒猫はしおらしくなる。


「さて、フィーレ。おれは城に戻りたいのだが、ついてきてくれるか?」

「当たり前ですわよ。お父様より仰せつかったのは、あなたの近くに控えている事。どこへ行こうと止めませんし、お供する。それがわたくしのする事ですわ」

「助かる。まずはこの子の面倒を見てやらねばな。見たところ衰弱しているようだから、食事か、あるいは風呂か……」

「食事ね。体を洗うのは、後でも出来ますわよ」

「なら後は、お前達城の者に任せるとしよう。……ほら、今安全な所に運んでやる」

「ミャーオ」


 かくしてシュランメルトとフィーレは、黒猫を連れてベルリール城に戻ったのである。


     *


「ふう、何とかなったな」


 それからおよそ20分後。

 何とか黒猫を城まで運び込んだシュランメルトとフィーレは、着替えた後に食堂で合流していた。


「それにしても、まさかあなたの“欲しいもの”が、あの猫だったとはね……」

「意外か?」

「ええ」


 フィーレの反応を見たシュランメルトは、頭に手を当てて呟く。


「何と言うかな……。放っておく気になれなかったというか……。むしろ放っておくと、何やらまずい気がした」

「だから、金貨で買い取ろうと?」

「ああ。少々荒事にはなったが、無事に“買う”事が出来た」


 シュランメルトは胸を撫で下ろすと、席を立つ。


「どちらへ?」

おれの部屋だ。少し眠ってくる。お前は黒猫の様子を見ていてほしい」

「分かりましたわ(とはいえ、メイドに任せているのであまり見る事は無いのですが……)」


 それだけ言うと、シュランメルトは部屋へと去っていく。

 後を任されたフィーレは、黒猫の様子を見に向かうのであった。




 コンコンコンと、ある一室にノックの音が響く。


「失礼しますわ。保護した猫の様子を、見に参りました」


 フィーレが部屋に入ると、そこにはすっかり体を綺麗にされた黒猫の姿があった。

 鬱陶しげに体を何度も震わせ、水滴を振り払っている。


「あら、随分綺麗になりましたわね」

「ニャーン」


 黒猫はメイドから解放されると、フィーレの足元へ駆け寄り――


「あら?」


 そのまま猛スピードで通り過ぎていった。


「もう、何なのです? って、あなた! 猫ちゃん! 猫ちゃーん!」


 このまま王城を暴走されてはたまらないとばかりに、フィーレが、そしてフィーレの意図を察したメイド達が黒猫を追跡し始める。

 話は瞬く間に広がり、一時は全てのメイドが黒猫を大追跡する騒ぎとなったのであった。




「はぁ、はぁ……」


 探すこと1時間後。

 ほぼ全ての使用人を動員した黒猫探しであったが、一向に成果が上がっていなかった。


「もう……。一体、どこにいらっしゃるのかしら?」

「騒がしいぞ。何が起きた?」

「シュランメルト! 実は……」


 フィーレは藁にもすがる思いで、シュランメルトにいきさつを話す。

 それを聞いて、シュランメルトは即答した。


「承知した。今すぐ探す……む?」

「ミャーン!」


 猫の鳴き声が、二人の鼓膜を震わせる。


「探すまでもなさそうだな。おい、こっちに来い」

「ニャーン!」


 黒猫はあっさりと、シュランメルトの元へ歩み寄った。


「よしよし、良い子だ」

「ニャーオ」


 シュランメルトの脚にほっぺたや頭を擦り付ける黒猫を、シュランメルトは優しく見守っていた。

 それを見たフィーレはたまらなくなり、思わず全力で叫んだ。


「わたくし達の奮闘は何でしたのーーーーーーーーーーッッッ!?」


     *


 その後は特に何事も起きず、シュランメルト達は夕食や入浴を済ませた。

 後は寝るだけ……そんなタイミングで、黒猫がシュランメルトの後をつけてきたのである。


「ミャーオ♪」

おれに何か用か?」

「ミャー♪」


 喉をゴロゴロと鳴らしながら、黒猫はシュランメルトについていく。


「うぅむ、困ったものだな。仕方ない、おれと一緒に寝るか」

「ニャーン♪」


 他に手段を持たないシュランメルトは、やむを得ず、黒猫と一緒に眠る事にしたのである。


     *


 翌朝。

 特に起こされる事もなく十分な睡眠を取れたシュランメルトは、ある異変に気が付いた。


「黒猫よ。お前はどこに行ったのだ?」

「ここだよ」

「なっ!?」


 突然、女性の声が響いた。

 シュランメルトは弾かれるように、声のした所を見る――そこには。


「昨日はボクを助けてくれてありがとね。これから、よろしく。お兄さん――いえ、シュランメルト」

「ちょっと待てーーーーー!?」




 黒髪黒目の魅惑的な体をした一糸まとわぬ姿の乙女が、シュランメルトの隣に横わたっていたのであった。

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