第三章四節 神殿

「“守護神の御子みこ”だと……? 何だ、それは……?」


 この場でただ一人、話の流れについていけないシュランメルトが、声量も気にせず聞きなれぬ言葉を反復する。


「あなた、わたくし達よりもとうときお方でしたの……!?」

「ちょっと待て! 揃いも揃って、さっきから何の話をしている!?」


 置いてけぼりをくらったシュランメルトが、我慢の限界と言わんばかりに語勢を強める。

 驚愕の表情のまま、グロスレーベとフィーレが動きを止めた。


おれの知らない事を話されても、さっぱりついていけないぞ! 頼む。どういう意味か、説明してくれ……」


 シュランメルトの必死の訴えで、グロスレーベはよろよろと後ずさる。そしてへたり込むようにして玉座に座った。

 フィーレもまた、その場でシュランメルトに跪いていた。


「も、申し訳ございません、御子みこ様。お話は聞き及んでおりましたが、何分なにぶんお姿を直接拝見するのは、初めての事でして……」

「敬語はいらないぞ」

「いえ、それは私の心が許しません。どうか、言葉遣いはこのままで……」


 グロスレーベの必死の訴えを、シュランメルトは訳の分からぬままに聞いていた。

 本来敬語で話す側は一人のたみである彼であるはずなのに、まさか国王相手に敬語を使われるとは夢にも思っていなかったからだ。


「なら敬語はいい。話がこじれるのが何倍も面倒だからな。それはさておき……一体何なんだ? おれが“守護神の御子みこ”だと?」

「はい。のどぼとけに両手首・両足首の、特徴的なアザ。これこそがまさしく、貴方様が紛れもない御子みこである事の証拠でございます」


 グロスレーベはいまだ興奮冷めやらぬ様子のまま、シュランメルトに説明を始めた。


「はるか昔、この国は守護神様のお力によって生み出されました。長い時を経て安定した我がベルグリーズ王国の発展は、守護神様のご加護無くては到底有り得ないものでした」


 グロスレーベはおのが興奮を抑えつけるように、拳を握りしめながら、静かに語る。


「その守護神様は、ある一族を見初められました。建国の英雄である一族のお方と、代々“わり”を介して結ばれ、一族の血を維持されておりました」

「“変わり身”だと? “身代みがわり”ではなく?」

「はい。伝承でそのように伝えられました。して、“変わり身”とは、『守護神様がつくられる、“守護神様の知覚を共有した人間”』にございます」


 グロスレーベはシュランメルトを見つめながら、熱を込めた声で続けた。


「そして“変わり身”と結ばれたお方は、代々子孫をつくられておりました。その子孫には、必ず“目印”が、体の決まった所に刻み込まれます」


 そこまで聞いたシュランメルトは、己の両手首を見た。


「そうです、シュランメルト様。貴方様ののどぼとけに両の手首、そして足首に刻まれた特徴的な形のアザこそ、一族のお方である、そして守護神様の血筋を受け継いでおられる“目印”なのです」

おれが……。守護神、とやらの、血筋……を?」


 自らの手首を、両の手のひらを見るシュランメルトは、何の前触れもなく告げられた言葉を、受け止めきれないでいた。

 しばしの間をおいて、グロスレーベが再び話し出す。


「シュランメルト様。我らが守護神様のところへ、ご案内します」

「いきなりだな。何のために?」

「リラ殿からの手紙によれば、記憶喪失でいらっしゃるとか。差し出がましい話ではありますが、記憶を取り戻すお手伝いをさせていただければ」


『記憶を取り戻す』。

 その一言を聞いたシュランメルトは、グロスレーベの顔をまっすぐと見据えて決断を口にした。


「案内を頼む。おれの失われた記憶を、取り戻せるかもしれないというのであれば」

「喜んで。フィーレ、共に来い」

「はい、お父様」


 グロスレーベが玉座より立ち上がり、階段を降りる。

 すると、何かの駆動音が玉座の間に響いた。


「何だ?」

「ご安心を。神殿へと続く道が、開くだけです」


 音はおよそ30秒にわたり、玉座の間を震わせていた。

 やがてゴゥンという音と共に止まると、階段の中央部分を中心として、2mほどの穴――隠し通路と表現すべきか――が開いていた。


「開きました。こちらが、我らが守護神様の眠っていらっしゃる神殿へと続く道でございます」


 グロスレーベが手のひらで指し示した空間を、シュランメルトはしばし眺める。

 と、玉座の間がひとりでに開いた。


「お待ちくださいませ、お父様。次期国王であるわたくしにも、ご案内を……って、あら」

「シャインハイル!?」




 玉座の間を開けたのは、ベルグリーズ王国第一王女、シャインハイル・ラント・ベルグリーズその人であった。

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