第三章 謁見

(解説有)第三章一節 出立

 翌朝、シュランメルト達がちょうど朝食を終えた頃。

 巨大な足音が、リラの屋敷付近に響き渡った。


「何だ?」

「“王室親衛隊おうしつしんえいたい”の皆様ですね。フィーレ姫、それにシュランメルト。行ってらっしゃいませ」

「……あら?」


 いつも知っている方法と違っている事に、疑問を浮かべるフィーレ。


「そうだ、フィーレ。おれが送る事になった」


 リラの罰により、送迎する事になった事実を伝えるシュランメルト。

 それを聞いたフィーレは、すぐに納得した。


「確かに……。わたくしのViolett Zaubererinヴィオレット・ツァオバレーリンは、皆様の前に出せる状態ではありませんものね」


 腕を損傷し、ねじ曲がった状態のViolett Zaubererinヴィオレット・ツァオバレーリン

 そんな状態では、優美というよりむしろ“痛々しい”ものである。


「だからおれが、Asrionアズリオンで送る。異存はあるか?」

「ありませんわ。リラ師匠の罰でもありますし、それにAsrionアズリオンの乗り心地はかなりのものでしたから」


 フィーレは笑みを浮かべながら、シュランメルトに言ったのである。


 そうしている内に、5台のBerfieldベルフィールドが屋敷の前に整列した。王室親衛隊は高級機であるBerfieldベルフィールドを、正式に官給されている。

 白地に金で装飾された姿は、とても優美なものであった。それが左ひざを立てた、目上の者への礼を現す駐機姿勢を取る。


「頼もう! リラ・ヴィスト・シュヴァルベ殿はいらっしゃるか!」


 Berfieldベルフィールドの胸部から降りた、これまた白地に金の飾りを付けた格好の男女5人が姿勢を正し、リラの屋敷の玄関前に立った。


「我らは王室よりフィーレ姫殿下をお迎えに上がった、王室親衛隊である! フィーレ姫殿下、及びリラ・ヴィスト・シュヴァルベ殿はいらっしゃるか!?」


 再びリラとフィーレを名指しする声が、屋敷周辺に響く。

 と、玄関扉がゆっくり開いた。


「お待たせ致しました。こちらにおります」

「皆様、いつもありがとうございます。ではシュランメルト、お願いします」

「承知した。では……」


「貴様! 姫様に向かってその口の利き方、何たる無礼な!」

「……ん? おれか?」


 普段通りの話し方をしただけだというのに怒鳴られたシュランメルトは、突然の事態に戸惑う。

 王室親衛隊の男は、さらにまくし立てた。


「当たり前だ、貴様以外に誰がいる! 今すぐ姫様へお詫びし――」

「無礼を詫びるのは、あなたですわ!」


 そこに割って入ったのは、フィーレである。

 腕を組み、明らかに怒った様子で、王室親衛隊の男を睨みつけていた。


「ひ、姫様?」

「わたくしがそのように呼ぶ事を許したのですわ! それにこの方は、わたくしが危機に晒されているときに助けて下さった、命の恩人ですのよ!? いくら事情を知らないとはいえ、あまりにも失礼ですわ!」


 物凄い剣幕で怒るフィーレに、王室親衛隊の男や周囲の者はもちろん、リラまでもたじろいでいる。

 唯一冷静に眺めているのは、シュランメルトただ一人だ。


(なるほど、フィーレは意外と感情をはっきり表し、かつ受けた恩を覚えている性格か。王の資質としては、高いものだな)


 彼がしれっと分析している間に、男は地べたに這いつくばって詫びていた。


「申し訳ございませんでした、フィーレ姫!」

「分かればよろしいのです。頭を上げなさい」


 男が恐る恐る頭を上げるのを尻目に、シュランメルトは分析を続けていた。


(謝ればすぐに許す、度量の大きさ。やはり高い資質があるな)


---


 それからしばらくして。

 ようやく事態を収拾したフィーレは、改めてシュランメルトに送迎を依頼していた。


「さて、シュランメルト。わたくしを運んでくださる魔導騎士ベルムバンツェを、お願いします」

「分かった。フィーレはおれに触れていろ。それ以外は、全員ただちに離れろ。死ぬぞ」


 シュランメルトが何気なく放った『死ぬぞ』という言葉に、王室親衛隊が全員慌てて距離を取る。

 それを確かめたシュランメルトは、腕を真上に掲げると、声も高らかに叫んだ。


「来いッ! アズリオンッ!」


 突風が吹き荒れ、シュランメルトとフィーレを除く全員が、身を守る態勢に移った。

 わずかな時間ののち、漆黒の騎士が姿を現す。


「よく来てくれたな、Asrionアズリオン


 シュランメルトは自身の相棒に、優しい声をかける。

 そしてフィーレを見ると、こう問うた。


「準備は出来ているか?」

「ええ、いつでもお願いしますわ。あっ、一つだけ申し付けておく事が」

「何だ?」

「くれぐれも、歩調を合わせることをお忘れなきよう」


 シュランメルトは一瞬言葉の意味を理解出来ていなかったが、周囲のBerfieldベルフィールドを見て察した。


「承知した。安心しろ、勝手な真似はしないさ」


 それだけ告げると、拡声機を起動して叫ぶ。


「こちらは準備完了した! 王室親衛隊、そちらはどうだ?」


     *


 Asrionアズリオンが突風と共に現れた瞬間、王室親衛隊は未知の魔導騎士ベルムバンツェに最大級の警戒を行っていた。


「何だ、あの魔導騎士ベルムバンツェは!? 今までに見たことが無いぞ!」

「姫様は!?」

「わからん、いつの間にかお姿が……!」


 事情を知らぬ故に混乱する王室親衛隊だったが、リラが落ち着いた口調で説明する。


「安心して下さい、皆様。あの魔導騎士ベルムバンツェの名前はAsrionアズリオン。あれこそが先ほどの青年、シュランメルトと共に姫を助けた魔導騎士ベルムバンツェ。あれは私達の味方です」

「そ、それは……!?」


 説明を受けてなお事情を把握しきれぬ隊員に、リラが重ねて説明する。


「姫は先ほど、“命の恩人”とおっしゃいましたね。その通り、お聞かせいただいた話によると、あれとは別の魔導騎士ベルムバンツェに命を狙われていたのです。それを助けたのが、あのAsrionアズリオン……そう、のです」


 そこまで聞いた隊員は、ようやく落ち着きをみせる。

 まさか姫の言葉を疑うわけにもいかないからだ。少なくとも、「フィーレ様ご自身がおっしゃったはずは無い」と断言できない現状では。


 と、そこにシュランメルトの大音声が響いた。


『こちらは準備完了した! 王室親衛隊、そちらはどうだ?』


 リラの説明を受けていた隊員が、慌てて叫ぶ。


「済まない、今魔導騎士ベルムバンツェに乗る! 姫様を頼むぞ!」


 それに合わせ、全隊員がそれぞれのBerfieldベルフィールドに搭乗する。


『準備完了だ、漆黒の騎士! 姫様、重ね重ね申し訳ございません!』


 普段の王室親衛隊であれば、姫であるフィーレを待たせるなどという事は万に一度として起こりえない。

 フィーレが格納庫からViolett Zaubererinヴィオレット・ツァオバレーリンを取り出すという点を考慮しても、準備を整える速さは折り紙つきだ。

 今回がどれだけ、特殊な状況だったか。

 王室親衛隊の準備の遅さは、それを如実に表していた。


『では、参りましょう!』


 準備完了を確認したフィーレは、拡声機に体を近づけ、高らかに宣言した。




 そして6台の魔導騎士ベルムバンツェが、一歩ずつ歩み始める。

 残ったリラとグスタフは、それぞれ腕を振って見送ったのであった。



       ――解説欄――



王室親衛隊おうしつしんえいたい


 ベルグリーズ王家の護衛を主任務とする部隊。

 全員が“あらゆる分野に秀でた一流の兵士”で構成されている(“あらゆる分野”とは、礼節や忠誠心も含まれる)。よって、部隊の実力はベルグリーズ王国でも最強である。


 今回フィーレを迎えに来た5人は、“リラ工房”との橋渡し役も兼ねている。


 全団員が(王家専用機を除き)最高級機であるBerfieldベルフィールドを有している。



Berfieldベルフィールド(王室親衛隊仕様)


 カラーリングが「白地に金」である点を除けば、外観は通常のBerfieldベルフィールドとほぼ同等である。

 ただし、装甲がさらに厚くなるなど、一部の仕様が変更されている(右側に表示されたものが“王室親衛隊仕様”)。


重量(装備重量)

45.0t ⇒ 46.0t


飛行可能時間

4時間半 ⇒ 5時間


最高速度

800km/時 ⇒ 850km/時

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