第二章四節 連戦

「むっ?」


 Orakelオラケルから現れた薄い青色のドームに、シュランメルトは警戒する。


「これは今の武器で斬り飛ばすには硬過ぎるな……。何て強さだ」


 落下と重量のエネルギーを全て斬撃に転換してもなお、ドームは健在だった。

 Asrionアズリオンが素早く飛び退り、Orakelオラケルから距離を取る。


「リラ。どういう仕掛けだ、それは?」

『私の魔術です。“障壁しょうへき”と呼んでいます。攻撃のことごとくを、防ぐものですね』


 呼吸の荒いリラの声が響く。


「おい、大丈夫か? 体調が悪いなら……」

『平気です。魔導騎士ベルムバンツェに乗っていれば……いえ、それにしては貴方の攻撃が強いのはありましたが、それでも慣れたものです。とはいえ』


 Orakelオラケルが二、三歩後ずさり、武器を地面に置く。


『これ以上の戦いは無用です。“貴方の力を見る”、その目的は達成しました』


 そして機体の右膝を地に着けた状態で、跪いた。


『グスタフ、判定を』

『う、うんししょー! 勝者、シュランメルト!』


 グスタフの魔導騎士ベルムバンツェが三本の腕を振り上げ、シュランメルトの勝利を宣言した。


     *


「終わったのか。では、おれも降りるとしよう。ただ、まだ何かあるかもしれない。残っていてくれ、アズリオン」


 シュランメルトがそう告げると、機体から外に出る。

 言われた通り、Asrionアズリオンも残っていた。


「お疲れ、リラ」

「お疲れ様でした。やはり直接対峙すると、強さがよくわかるというものですね」


 魔導騎士ベルムバンツェを降りたシュランメルトとリラが顔を合わせ、話し合う。


「ところで、シュランメルト」

「何だ?」

「貴方、魔力は持っているようですけれど……。魔術というのは、使えるのですか?」

「何だそれは? ちょっと待ってくれ。魔力とか魔術とか、さっぱりわからないぞ」


 全く心当たりを持たないシュランメルトは、戸惑う他無い。


「ごめんなさい……。これは焦っても、どうにもなりませんね。分かりました、この話はいずれまたするとしましょう」

『『ししょー(リラ師匠)!』』


 と、拡声機越しに二人の声が響いた。

 魔導騎士ベルムバンツェに搭乗したままの、グスタフとフィーレである。


「何かしら、二人とも?」

『ししょー、僕たちもあの魔導騎士ベルムバンツェと戦いたい!』

『グスタフに同じく、ですわ!』


 二人はAsrionアズリオンの力を見てもなお――いや、むしろ見たからこそ、戦いたがっていた。

 もちろん模擬戦ではあるのだが、二人の闘志はメラメラと燃えている。

 その証明であるかのように、二人の魔導騎士ベルムバンツェは訓練用の得物を握りしめていた。


「それは構いませんが……シュランメルト、貴方は?」

「乗るさ。それに、共に過ごす者の力は気になるしな」

「二人とも、承諾したようです。ですがシュランメルト、一度休憩にしては?」

「いや、いい。やるならこのまま続けたい。感覚が残っている内にな」

「分かりました。では私は、この子オラケルを格納庫に。

 少し用事を片付けて参ります」


 Orakelオラケルが足音を立てて格納庫に向かい始めるのを確かめると、シュランメルトもまた、Asrionアズリオンに触れる。


「二人とも、待たせたな。……ところで、どちらが戦うんだ?」

『それはもちろん、一番弟子のわたくしですわ!』

『いやいや姫様、僕に譲ってよ!』

『不満でもあるのですか!?』

おおありだよ!』


 シュランメルトと、そしてAsrionアズリオンと戦う順番をめぐり、フィーレとグスタフが喧嘩を始めていた。


(どうやら、よほどおれと戦いたかったようだな……。

 そうだ)


 何やら案を思い付いたシュランメルトは、拡声機で二人に呼びかける。


「おい。おれの話を聞いてくれ」


 弾かれたように、2台の魔導騎士ベルムバンツェが振り返った。


「同時にかかってこい。それならば、順番決めで揉めずに済むだろう」

『あなた、正気ですの!?』

『言っておくけど、僕たちけっこう強いよ?』


 解決策を提案したシュランメルトだが、二人に驚愕される。

 無理も無い。先程の模擬戦はシュランメルトが勝利していたが、もしもリラが全力で、しかも実戦用の武装を遠慮会釈無く使ってきた場合、Asrionアズリオンといえどもタダでは済まないだろう。

 十分な実力を有するリラの、弟子二人。体術を、魔術を、魔導騎士ベルムバンツェでの戦い方を存分に鍛えられた彼らは、(流石にリラには及ばないものの)高い実力を有している。

 そんな二人から見て、シュランメルトの発言は、とうていまともなものだとは思われていなかった。

 ……だが。


「気にするな。おれは一対二でも十分戦える」


 きっぱりと言い切るシュランメルトを見て、二人はそれぞれの武器を構えた。


『そこまで言うなら、手加減いたしませんわ』

『全力で戦うよ』


 闘志を剥き出しにする二人を見て、シュランメルトはわずかに笑みを浮かべた。


「その意気だ」


     *


 一方。

 Orakelオラケルを格納し簡易なチェックを終えたリラは、自室にこもっていた。


「王都からの手紙ですね……。魔術師同士の組合の話はいつも通りお断りするとして……おや」


 金で装飾された封筒を手に取るリラ。

 差出人を確かめると、ペーパーナイフを取って切り開けた。


「国王陛下から、ですか……。『翌日、一度フィーレを引き取らせていただく』。そう言えば、前回の期日から一月経ったのですね。後で連絡しなくては」


 手紙を読み終えたリラは、机の上を片付けて紙束を取り出した。




「いろいろとシュランメルトに教える事もありますが、まずはこちらを進めるとしましょう。謎の魔導騎士ベルムバンツェAsrionアズリオン……。うふふ、久しぶりに、研究のしがいがあるというものです」




 笑みを浮かべたままのリラは、紙束の中身に目を通し始めたのであった。

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