第一章十二節 夢中

 話は前後する。


 シュランメルトはあてがわれた部屋のベッドで、あっさりと眠りに落ちていた。


---


 夢の中でシュランメルトは、自らの存在を確かめていた。


おれはシュランメルト・バッハシュタインだ。今日、その名前を貰った」


 何もなく、しかしその場に留まった感触を覚えながら、シュランメルトは空間を分け入るように歩く。


「それにしても、不思議な夢だ……。そうだ、この感触……覚えているぞ。見た、いや味わった、夢だ……!」

「その通りですわ」


 女性の柔らかな声が、空間に響く。


「こうしてお逢い出来るのは、いつ以来でしょうか……。また逢えたという事は、ご無事でしたのね」


 豊かな胸と金髪を携えた若い女性が、シュランメルトの前に姿を現す。

 女性は駆け寄ると、シュランメルトを抱擁した。


「お前は……。いや、貴女は……。シャインハイル・ラント・ベルグリーズ?」

「いかにも。わたくしがベルグリーズ王国第一王女、シャインハイル・ラント・ベルグリーズですわ」

「フィーレの姉か……。こうして見ると、やはり似ているな」


 そう。

 シャインハイルとフィーレには、共に“金髪碧眼”という特徴がある。

 体型こそ全くの別物だが、姉妹だけあって、顔つきはとても似ていた。


「それにしても、本当に懐かしいですわね」

「そうなのか……そうなのだろうな。しかし、おれは……」


 シュランメルトは思い出したように、話を切り出す。


おれはほとんどの、記憶を失った。自分の名前すら思い出せず、貴女の名前も、フィーレの名を聞いて、ようやく思い出したくらいだ」

「あら……。それでわたくしに、名を尋ねましたのね?」

「その通りだ。貴女とは幼い頃に幾度となくお会いしたはずなのに、どうしたというものか……?」

「それについて、一つ心当たりがありますわ」


 シャインハイルはシュランメルトに向き直ると、自らの考えを示す。




「『わたくし達ベルグリーズの守護神は、自らに認めた者に加護を与える。しかし、代償として記憶のほとんどを、来るべき時が来るまで封印する』……という伝承を、聞いたことがあるのです」




「本当か!? なら……」

「ですが」


 せっつくシュランメルトを遮り、シャインハイルは続ける。


「同時に、『失われた記憶を知る者は、その者に記憶を語ってはならない』。そのようにも、伝えられているのです」

「くっ……。語れないのか?」

「『もしも明確に教える意を持って語る者あれば、その者は元より、加護を与えられた者も例外なく滅びる』とあります。この夢の中であっても、当てはまるでしょう」

「“おのれの力で探し求めろ”、という事か……」


 シュランメルトの言葉に、シャインハイルは首肯しゅこうした。


「それが、わたくし達ベルグリーズの守護神の、思し召しであれば。おや、夢の終わりも近いようですわね」


 シャインハイルの言葉に、周囲を見渡したシュランメルト。

 夢の空間が、泡沫うたかたのように消え始めていた。


「だな。では、また明日」

「ええ。名残惜しくはありますが……」


 その挨拶と同時に、シャインハイルの姿は消え――シュランメルトの肉体は、覚醒したのであった。

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