第一章四節 圧倒

「まったく。見ていて気持ちが悪いものだな」


 瞬く間に男を一人倒した青年は、少女を後ろ手にかばいながら、他の六人の男に向き直る。


 しばしの沈黙の後、男の一人が吠えた。


「何だテメェはよぉ!? 何しゃしゃり出て来てんだ、おぉ!?」


 怒鳴り声を上げた男は、のっしのっしと青年に近づくと、胸倉を掴む。


「オレ達にケンカ売って勝てると――」

「勝てるさ」


 青年がボソリと呟いた途端。


「あぁ?!」

「フッ!」


 至近距離でのアッパーカットが、男の顎を捉えて粉砕する。


「ごばっ……!」


 吹っ飛んだ男を見ると、青年は何事も無かったかのように、手をパンパンとはたく。

 そして身に着けていた服を整えると、残る五人の男達に向かって尋ねた。


「まだ、続けるつもりか?」


 男達は一瞬ほうけていたが、青年の問いの意味と現在の状況を理解すると、互いの顔を見て頷いた。


「オラァ!」


 そして、五人で一斉に、青年に襲い掛かる。


「案の定か。だが……」


 その様子を見た青年は、まったく怯まない。

 そして眼前に迫る拳を、軽く首を捻ってかわすと、みぞおちに一撃を叩きこんだ。


「ぶぐっ!?」


 攻撃の手ごたえを感じた青年は、今しがた殴った男が崩れ落ちるのを後目に、呟く。


「所詮は素人か。この分なら、一対百でも勝てるな」

「なっ!?」


 残る男達が動揺と激昂をあらわにしようとした瞬間――青年は、既に男達の顔面に拳と脚を叩きつけていた。

 攻撃の反動を利用し、ついでとばかりにもう一人の男に、側頭部からのカカトの一撃をめり込ませる。


「ひっ……!」


 最後に残っていた男が、恐怖のあまり震えだした。

 無理もない。たった一人現れた青年によって、六人の仲間達は、人質を取る暇も無く倒されたのだから。


「どうする? ここまでやっても、まだ、続けるつもりか?」


 皮肉にも、恐怖を抱く対象である青年の問いで、最後の男が正気に戻る。

 そして、絞り出すような声で、こう言った。


「お、覚えてろ!」


 男はたった一人で、恐怖に震えた足のまま、フラフラした走りで逃げて行った。

 それを見届けた青年は、誰にともなく言った。


「……逃げたか。臆病ではあるが、賢明だな」


 そして彼は、少女に向き直る。

 しゃがんで視線の高さを合わせてから、こう言った。


「大丈夫か?」

「は、はい……」


 少女は、目の前にしゃがむ青年を、ただじっと見ていた。

 今もなお、“青年によって窮地を助けられた”という事実を、飲み込めていなかったのである。


「さて、と」


 そんな少女をよそに、青年が少女に尋ねる。


「お前の家はどこだ?」

「……は? あちら、ですけれど……」


 少女は突然の質問に戸惑いながらも、家のある方角を指さす。

 すると青年が突如、少女を抱えた。お姫様抱っこである。


「きゃっ!? あ、あなた、一体……!?」

「逃げるぞ! ここに留まるのは得策ではない!」


 彼は少女の悲鳴を無視して一目散に、少女の家の方角まで走っていったのである。

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