第四章:異世界転生オフライン
第18話『異世界転生オフライン』
「いななけ母なる大地よ!——ロック・ウオールッ!」
魔法の詠唱を終えると、まるでゲームのような効果音を発しながら、足元の地面が割れ、石壁が地面から急にせり出してくる。いかにもファンタジー世界風のエルフの魔術師である。
ミリアのサブマシンガンの掃射を全弾防ぎきられ、石壁にぶつかった時の跳弾が、五嘉の右腕を掠める。
——ミリアが、五嘉の傷を気にしたことから、僅かな隙が生じ、ツーマンセルにほころびが生まれる。敵はその隙を見逃さない。
「騎士王の加護を——トリプレイテッド・エンハンスメント」
鉄製の重装備をした、いわゆるタンカータイプの男が叫ぶ。おそらく魔法ではなく、スキルの類である。緑、赤、黄色の眩いばかりの光が剣を持った勇者風の男を包み込む。——魔法の発動とともに、ゲーム的なサウンドエフェクトが発生する。
「お前の命運もここまでだ——転生者スレイヤー!」
**********
時は3時間前に遡る。ここは、五嘉とミリアの隠れ家。様々な電子機器が無造作に積まれている。殆どの機材には、”KAIGENJI.IND”の銘が刻まれている。
開現寺重工が取り扱っている商品は多岐に渡る。モーターサイクル、船舶、発電装置、航空機、ロケット等——そして軍事兵器。
戸籍のない五嘉とミリアの生活を支えているのは、この開現寺重工である。表ざたになった時に問題にならないよう、五嘉とミリアへの資金、物資の提供はペーパーカンパニーがロンダリングしている。ここにある資材も全て、盗品の扱いとなっている。
「ミミ、サイバネティック・
五嘉がサイバネティック・リムと言っているのは、四肢の神経に直結するタイプの人造の四肢のの事である。その精度は非常に高く、ミリアの脳が思い描いた事を、ほぼ遅延なしに忠実に再現可能である。
むしろ、生身の肉体よりも精密な動作も可能である。このサイバネティク・リムは神経とのダイレクト接続型であるため、痛覚や触覚なども脳へのフィードバックとして必要となる。このため、四肢に衝撃を受けた際に、生身と同様の痛みを感じる。
ミリアの人造の四肢は、とある製造業の企業が極秘に開発している試作品である。その企業の名は、開現寺重工業。
ミリアの四肢はそのカンパニーの一つ、サイバネティクス部門で製造されている。
開発目的は事故などで四肢を欠損した被害者のためにと謳っているが、実際のところは対局地戦用の軍事用アンドロイドのパーツの一部を作ることが主たる目的である。
戦争の勝敗は、今や大量破壊兵器の有無が決するのではない。例えば、砂漠や山岳部などに逃げ込まれれば、手出しが出来ない。一例だが、ウサーマ・ビン・ラーディンを米国が殺害するのに7年の歳月を費やす事となった。
精神的な支柱となる象徴的なアイコンを確実に殺害するためには、人のインフラをそのままに梁することができる人型のアンドロイドの実践投入が不可欠である。
ミリアが普段、メイド服を着ている理由も、人造の腕や足のつなぎ目を気づかれないようにするためである。もちろん人口四肢の表面は人口皮膚によって覆われており、よほどのことでなければ気づかれる事はないはずであるが……。
さらにクラシカルなメイド服を着る事によって対象の注意はその服装に向く。そうなれば、四肢に対しての違和感も感じなくなる。マジシャンなどが、突然右手の指を上に勢いよく上げて観客の視線を右手の指に注目させ、その間に左手の方で手品を仕掛けるのと同じようなトリックである。
——ミリアは、今専用のベッドの上で横たわっている。休憩というよりも、四肢のバッテリーの充電の為である。五嘉は横たわったミリアの隣で、スマホをいじっている。いわゆる課金型のソーシャルゲームだ。
二人は普段はこうやって二人で寝ている。五嘉にとっても、ミリアにとってもお互いが、誰よりも——世界よりも大切なもの同士だと思っている。
二人には家族も親類もおらず、心を許せる友人も、そして仲間も居ない。二人が、互いに男女として好意を持っているのは事実である。だが、その築いてきた関係性は兄弟に近いかもしれない。
五嘉が、異世界の人間を元の世界に戻すために殺すなんていう仕事をやっているのも全てはミリアのためである。何故なら、ミリアの四肢も、眼球も、臓器の一部も全ては開現寺重工製であり、彼らの支援なしには生きる事ができない。
五嘉は、ミリアに負担をかけないように、自ら好んで世界の救済のためにこの活動をしていると、うそぶく。もちろん、全くの嘘ではない——、自分とミリアが生きるこの世界を守りたいという気持ちは、一般人と同程度にはある。
だが、彼の心臓を動かしているのは、世界を救うなんて言う大義の為ではない。一人の少女、そうミリアのためである。
「ミミ。何か食べたいものあるか?」
「しー君ありがとナノ。冷蔵庫に入っている。パピコを持ってきてくれると嬉しいナノ」
「おっけー。それじゃ持ってくる」
冷蔵庫の冷凍の棚ををがさがさと物色し、パピコを探し出す。定番のチョココーヒー味だ。四肢の充電中は、ミリアは手足を動かすことができない。
その間は、五嘉がミリアの世話をするのだが、パピコであれば口元に咥えさせるだけでよいため、五嘉の負担が少ない。ミリアがパピコを好むのは、そういった事情もある。——五嘉は、手のひらの人肌の温度でパピコを少しづつ溶かしながら、ゆっくりとこぼれない様に調整しながらミリアの口に流し込む。
「おいしい。しー君、ありがとナノ」
「ミミ、どういいたしまして。ボクも半分、いただいちゃおうかな」
これはミリアと、五嘉のいつもの日常のやりとりである。ただ、今日がいつもと違うのは……、
——ズドン。
地割れのような激しい音が部屋中に響き渡る。天井からは、パラパラとコンクリートの粉のようなものが落ちてくる。唐突に部屋の壁が破壊され、二人の日常は破壊される。
——そして、冒頭の無遠慮な来訪者との戦闘に繋がるのであった。
〈第一部:完〉
異世界帰還者を狩る者 くま猫 @lain1998
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