第17話『サクラ:メメント・モリ』
校庭の桜の樹々の周りに32名の学園生が座る。まるで花見をするかのように、地べたに直に座りながら、魔道調理器具にて作られた豪勢なお弁当を食べながら、わいわいと賑やかに話している。
五嘉は、今日の計画を一緒に立てたムツキという少年から手紙を受け取る。『今日でお別れになるので、僕たちが帰ったあとに読んで欲しい』とのことであった。
「おう、転校生。グリモワールの世界に戻る方法を知ってるそうじゃないか。もったいつけずに、早く教えろよ!」
「まぁまぁ、タケシ君。まずは、桜の下で花見を楽しもうよ」
事前に五嘉より聞いていた段取り通りにムツキが、クラスのムードメーカタケシを説得する。もっとも、クラスメイトのタケシも本当に五嘉に早く説明して欲しいと望んでいるわけではなく、単なる賑やかしでちゃちゃを入れているだけである。
外は晴天である。——、本来は雪が吹雪いているはずであるが、少なくともこの学園内だけは、まるで絵にかいたような晴天なのだ。
これが、魔道気象調整機の力。異世界の魔法の力は、天候すらも自由に調整することが可能である。明らかに、この地球とは異なる文明を辿っている。
この学園の生徒にとっては見慣れた校庭ではあるが、やはり授業の時間を潰して、外で食べる食事は別格であるようであった。——、五嘉は、立ち上がり声を張る。
「みんな。急な呼び出しでごめん。君たちが、元の異世界、グリモワールの世界に帰る方法が見つかった。その説明をさせて欲しい」
「えー。そんなに急いで帰らなくてもよくない? せっかく地球に戻ってきたんだから一度下山して、地元の友達に会いたいと思ってたんだけどなー」
「ごめん。この儀式を成功させるには、今日じゃなければだめなんだ。今日で無ければ、儀式は成功せず、キミたちは元の世界に帰ることができなくなる」
「まぁまぁ、ミーコもあんまり無理を言うなよ。転校生も困ってるじゃねぇか」
「そうそう。一度、この世界に戻る事ができたんだ。一旦、グリモワールの世界に戻って、きちんと準備してからまた来れば良い。なっ! 転校生」
「ありがとうタケシくん。そういてもらえるとボクも救われるよ」
「んで、そのグリモワールの世界に戻る方法っていうのはどんな方法なんだ?」
「異世界に帰還するには、一定の儀式の手順を踏む必要がある。ちょっとみんなには手間をかけるんだけど、協力してくれると嬉しい。ちょっとした儀式を行う」
学園内の生徒一同が思い思いに、賛同の意思を示す。
「ありがとう。まずは、この御神酒を飲んで欲しい。ミミ、皆にお酌をお願いしてもいいか?」
「深月ちゃんからお酌をしてもらえるとは光栄の至りだな」
ミリアは、朱色の漆塗りの盃を、32名の生徒と教師に持っていき、その朱色の盃に御神酒を注いでいく。ミリアの所作はまるで神事を執り行う巫女のようでもあった。
「それでは。次の工程に移るよ。みんなそれぞれ、ひとりひとり、別々の桜の木にもたれかかりながら、目をつぶって欲しい。そして、それぞれが、元の世界の光景を思い浮かべながら、その盃に注がれたお神酒を飲むんだ」
みんな思い思いに異世界の姿を頭の中に思いながらお神酒の盃を口に注ぐ。
風に舞う桜の花びらと共に、まるで操り人形の糸が切れたかのように動かなくなり。桜の木によたれかかっていた丸い影が、地面に落ちる。
そして、夥しい量の鮮血が桜の樹々を朱色に染めていく。その光景はまるで咲き誇る彼岸花の狂い咲き。
——五嘉が事前に桜の樹々に仕掛けていた、極細の蜘蛛の糸による頸部の切断。御神酒に含んでいた経口用の麻酔の効果もあり、彼らは自分自身の首が切断されていることを認識することはなかった。——1人を除いて。
異世界グリモワールの世界から訪れた異世界の人間達は、学園ごともとの世界に帰還した。
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魔道学院サクラメメントの学生達は元の世界で目を開ける。
「あれ……さっきまで、地球に戻っていたと思ったらグリモワールの世界に戻ってるじゃん。あの転校生どんな手品を使ったんだ?」
「本当だね。お神酒に口を付けた瞬間に、この世界に戻されていたみたいな感じ」
「お酒でちょっと酔って、ちょっとうつらうつらした瞬間にこっちの世界に戻っていたんだよね。地球にも魔法はあるのかな?」
「あれはこの世界とも別の魔術体系だったのかもね。興味深い」
「どうやら、この世界から地球に戻る方法も、地球からこの世界に行く方法もあるみたいだから、次に地球に戻った時はあの転校生に聞きに行くか?」
「……そうだね」
「元気なさそうじゃないか、ムツキ。あの御神酒一杯だけで酔ったか?」
「かもしれない。僕はお酒慣れてないからね」
この帰還の現象を真の意味で理解するのは、ムツキ一人のみであった。
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五嘉は、一連の殺戮を遂行した後に、魔道学院サクラメメントの、テレパス使いの少年、ムツキから手渡されていた手紙を開き読む。
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五嘉くん、深月さん
この手紙を読んでいる時には、僕たちはもうこの世界には存在しない。——。取り繕わずに言うのであれば、死んでいることでしょう。それを責めるつもりはありません。
五嘉くん、深月さん、短い間でしたが、友人になてくれてありがとうございました。そして、——僕は二人には最後まで嘘をついていた事を詫びます。
学校の仲間にも秘密にしている事なのですが、僕のテレパスの魔法は、ほぼ完全に相手の思考を読み解き、理解することが可能です。仲間にもこんな事を話したら、気味悪がられるので、向こうの世界でもこの僕の能力は誰にも話すつもりはありません。
僕のテレパスの魔法で最初からお二人が僕たちを殺そうとしていることは、知っていました。でも、それがどうしてかは分からなかった。だから、直接接触して、正確に五嘉さんの思考を読ませていただきました。だまし討ちのような形になってごめん。
五嘉君の頭の中を覗いて、異世界が創作世界から成り立っていることとかも、それに関するもろもろも理解しました。そして、それが狂人に妄想でなかったことも知っています。いろいろと新情報ばかりで、最初は混乱しましたが、それでも僕のテレパスではそれが真実だと分かってしまうので、否が応でも納得はできました。
僕たちは既にこの世界ではバス事故で死亡していたんですね。
既にこの世界で死んだ僕たちが元の世界に戻ることが、死ぬ以外の方法しかないと理解しました。この事実は、学園の仲間には話さず、墓場まで持っていきます。きっと、その方がみんなにとっても良いのでしょう。
魔道学院サクラメメント。五嘉くんの頭の中を覗いたあとに、僕らの世界の創造主が、なんで学園に『メメント・モリ』を模した不吉な言葉を、学園につけていたのか、僕は考えました。
メメント・モリ。キリスト教的な解釈はその意味は——死を忘るなかれ。この世界の執筆者は、どういう想いでこの世界を書いているのかは分かりません。
でも、僕らが暮らしているグリモワールの世界はとても平和です。おそらく、地球と比べるなら楽園のような世界だと思います。異世界にはモンスターはいるけど、人々は生き生きとして、幸せに暮らしています。とても、異世界グリモワールは悪意を元に作られたとは思えないのです。
そして考えました。メメント・モリには別の意味もあります。古代の時代は——その意味は『今を楽しめ』というものでした。僕たちの学園、魔道学院サクラメメントの名前はこっちの方の意味でつけられたのだと考えています。
きっと、この世界を創造した人は優しい人なのだと思う。僕らは元の世界に帰るけど、機会があればこの世界を創った人に、二人から感謝の言葉を伝えて欲しいです。
それでは、また。 嘘つきのムツキより
追伸
世界を異世界から守るというのは、正しい行為だと思います。でも、五嘉くんが本当に望んでいるのはもっと個人的な事なんだね。僕は、正義よりも君の心を支持したいです。きっと五嘉くんの進む道は険しい道なのだろうけど、向こうの世界で応援しております。
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五嘉とミリアの頭上から、けたたましい音を立てて戦闘機が降下する。この戦闘機に課された任務は二つ。作戦が無事に成功した時に、二人を下山させるという目的。
もう一つは、五嘉とミリアが指定の時刻までに目標を達成できなければ、
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