第16話『魔道調理器具とセカイの崩壊』

 今日も、昨日と変わらずに五嘉とミリアは、突如現れた、謎の男女の転校生ということで、学園内の話題の人となっていた。——学園といっても、全校生徒といっても30名弱しかいないのだが。


 午前のカリキュラムを終え、現在は昼休み中である。五嘉とミリアは魔道食堂で昼食をとる。学食とは思えないほどのクオリティーの高さのビュッフェ形式の食堂である。


 この学園には食堂のおばちゃんはいない。定時になると自動的に料理が出来上がる仕組みになっている。これも魔法の力である。


「ローストビーフおいしいね。魔法の力で創り出されたとは思えないくらい、うまい」


「このフランスパンも、表面がカリっとしてて、適度に香ばしくておいしいなの」


「マッシュポテトもホクホクでおいしい」


「この食堂の『魔道自動調理器』。私たちの世界にも欲しいくらいなの」


「原子とも違う物質、——霊子。料理も自動的に無尽蔵に出せちゃうんだから凄いね」


「理屈的には、一応は、桜の樹々が放出する霊子エネルギーを対価として料理が作られているらしいから、エントロピーの法則的には釣り合う。……という事になっているらしいなの」


「理屈は難しくわからないけど凄いんだね。魔法って」


「そうなの。問題は、あまりにも便利で万能すぎることなの。この世界に魔法の理(コトワリ)を許してしまえば、この世界は変化に耐えきれずに破綻するなの」


「例えば?」


「具体的にすぐ起こる予測できる事象としては、魔法の存在がこの世界の常識になれば、多くの人間が職を失い、路頭に迷う事になるなの」


「なるほど。職を失う人が街にあふれるとなれば、治安の面にも影響出るだろうね」


「例えば、『魔道自動調理器』の存在一つ許すだけで、少なくとも世界中の飲食店、農家、酪農家、運送業者、食に関わる仕事に従事している全ての人間はすべて無職になっちゃうナノ。そしてその大量に発生するであろう人たちの受け皿を容易するのは非常に困難なの」


「ボクたちは一度便利を経験してしまえば、もう過去には戻れない。火も、道具も、電気も、ネットも、AIも。一度生まれれば、それ以前に戻れない」


「うん。不可逆性というやつなの。ここ20年のAIの発達、ロボットによる労働の自動化の流れも利便性という観点では似ているけど、この世界の歴史と科学の範疇内の進化なの」


「魔法はこの世界の理屈を破壊することになると……」


 五嘉と、ミリアは学食の中で会話をしていると、転校してきた日から一度も会話したことのない男子生徒から相席をして良いかと声をかけられる。


 クラスの中でもとりわけおとなしそうなムツキという少年である。


「五嘉くん、ミリアさん、一緒にお昼食べさせてもらっても良いかな?」


「いいよ。えっと、キミは、クラスメイトのムツキ君だったかな?」


「うん。僕は、ムツキ。まだ会話したことも無かったのに名前を憶えてくれて嬉しいなぁ。ちょっと照れるけど、ほら僕ってなんっていうか、五嘉くんやミリアちゃんのように華のあるキャラじゃないし、陰キャだから、覚えていないと思ってたので良かったっ!」


 ミリアや、五嘉がこの学園内で目立っているのは、五嘉がそのように意図してその振る舞っているからである。本体の二人はおおよそ集団生活に適応できない性格だ。


「いや、ムツキくん、読書好きって感じだし、ボクとしては結構気が会う感じだなと勝手に親近感をもってたんだけどね。ところでムツキくんはセガ好き?」


「もちろんセガは好きだよ。サクラ大戦3のオープニングを見た時には『未来きたぁ!!』って叫んだくらい。湯川専務元気にしてるかなぁ……?」


「湯川専務はクオカード社の社長したり、その後も順風満帆の人生みたいだよ」


「王道路線の人生、——セガっぽくないっ!」


「そうだね。正直ボクも、湯川専務のその後を知って驚いた。社長じゃんって、なるよね……」


「だねぇ……」


しばらくセガトークに花を咲かせていた後に、ムツキが切り出す。


「僕が五嘉くんと、ミリアさんに声をかけた理由なんだけどね。ちょっといま、いろいろと質問する時間をもらってもいいかな?」


「どうぞ」


「私も大丈夫なの」


「まず、告白すると、僕の魔法はテレパス。相手の考えることを理解することができる魔法なんだ。地球の感覚では、超能力に近い魔法っていう感じだね」


 隠し事を抱えている五嘉は、その言葉を聞き筋肉が強張る。


「まぁまぁ! そう警戒しないで! 僕が分かるのは、もやもやっとした相手が抱いているイメージみたいなものだから。僕が、テレパスの能力で正確に分かるのは——、相手が嘘をついているか、いないかだけ」


「…………」


「魔法の発動条件は、この能力を相手に説明し、なおかつ手が触れた状態であること。相手が真実を言っている時は僕が触れている方の手が赤く光る。相手が嘘を付いている場合は逆に青く光る。騙しうちのような形でごめん。五嘉君、キミの手の甲に触れさせてもらってもいいかな?」


「問題ない」


「僕のテレパスの能力で、君たちが何かしらこの学園でしようとしていることはなんとなく見えている。でも、具体的に何を考えているかは分からない。だから、疑うようで心苦しいのだけど、いろいろ確認させて欲しいんだ。……ごめん」


肯定の意思を示すため、五嘉は、黙って首を縦に振る。


 もし頭の中身まで覗かれていたのであれば、全校生徒と対峙しなければいけないことになっていただろう。


「単刀直入に質問するよ。君たちはこの学園に何らかの危害をもたらそうとしているかな?」


「いいえ。不利益になることは行おうとはしていないよ」


 五嘉の手の甲が赤く光る。つまりは、真実を話しているということ。


「では次に、君たちの目的はスパイだ。敵国の人間であり、成りすまして学園の魔術を盗もうとしている敵国の人間、どうかな?」


「いいえ。ボクたちはスパイではない。そして、君のいう敵国の人間でもない」


 五嘉の手の甲が赤く光る。


「えーっと、それじゃあ、グリモワールの世界から、この地球に僕たちを召喚していたのはキミたちかな?」


「いいえ。僕たちは、あなた達がこの地球にきたことには関係していない」

 

 再び、赤。


「じゃあ、最後に。——君たちは、この山から出る方法を知っている?」


「知っている。キミたちがグリモワールという世界に戻る方法を」


「……僕たちは、グリモワールの世界に帰れるのか?」


「うん。でも、そのためにはクラス32名の協力が必要だ。そのためには、霊子の力を最大限引き出す事ができる校庭に、明日の午前中に全員が集まる必要があるんだ。ボクだけじゃ、説得するのは難しいかもしれない。ムツキくんも協力してくれるかな?」


 そうしてムツキと五嘉は昼食を終えクラスに戻るやいなや、教壇の前に立ち、明日の10:00に校庭の桜の樹々が咲き誇る、桜の森に来るようにと説明するのであった。

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