第15話『二つの月と狂気山脈』
「ミミ、夜遅くにごめん。寮の部屋に入っていいかな」
「いま鍵をあけるなの。——はい、しー君どうぞ入ってナノ」
「ありがとう」
ここは魔道学院サクラメメントの、一室。ミリアにあてがわれた自室である。この学園の生徒は32名。外から見ると普通の学園に見えるが、実際そのスペースの半分以上が生徒たちの居住スペースとなっている。
「お疲れ様。まだ登校2日目なのに、ミミはクラスに随分溶け込めてたね。女子生徒の人気はともかくとして、男子生徒の心は鷲掴みにできたと思う」
「しー君も、格闘実技の時は女子にもてもてだったナノ。ちょっとやきもち妬いたなの」
「学校生活っていってもボクたちにとっては初めての経験だったからね。ゲームや漫画でしか知らない世界だ。だから何もかも新鮮だ」
「…………。——、しー君」
ミリアが何かを言おうとする言葉を五嘉が遮る。
「分かっている——。ボクたちが、これからしなければならないことを考えるなら、そんな甘くて暖かな幻想をもってはいけないってことは」
「しー君には慰めにもならないかもだけど、改めて言うナノ。——しー君も私も、異世界の人を殺しているわけではないナノ。本来彼らが居るべき世界に還しているだけナノ。この世界に帰還すること自体が本来あり得ないイレギュラーなの」
「そうだね。彼らにとっては、本来は死んでしまったこの世界ではなく、転生先の異世界こそが、本来の生きるべき世界だからね」
「うん。それに、こちらで『この世界の未練が無い状態で』帰還者が死ねれば、自動的に彼らは元の異世界に帰還させられる。それは、決して不幸なことではないナノ」
「そうだね。——、理屈の上ではもちろん分かっている」
「…………」
「それに、未練を持っているのは、異世界に転生した側の人間だけとも限らない」
「前回の、ヒデオさんのことなの?」
「そうだね。——ヒデオ。彼の帰還を心の中で望んでいたのは彼ではなく、後輩の山田千夏という女性だった。この世界への帰還の理由が必ずしも本人由来ではない」
「しー君の意見に、同意なの。ユウタさんの時も、異世界創造者である母親側の方が、息子との再会を望んでいたふしがあったように思えたなの」
「そうだね。この世界への帰還を望んでいるのは、帰還者側でなく、異世界の創造主側であることもあるという可能性も考えなければならない」
「うん……」
「異世界の技術を文化を受け入れてしまえば、『この世界にもとからあったもの』として、この世界に存在するようになってしまう……」
「静岡の狂気山脈がその最たる例なの。もっともあの現象は、異世界転生者の帰還とは関係ないものとは聞いているけど……」
「他にも、空に浮かぶ二つの月もそうだ。本来は、月は一つだったはずだ……。でも、世の中の過去の歴史を読むと、もとからこの世界の月は二つ存在したことになっている」
「そして、時が過ぎるごとに違和感を感じる事が出来なくなっている感覚があるナノ」
「歴史や常識や社会の成り立ちそのものが、発生した現象にツジツマをあわせようと改竄されていく。今や、古来からこの世界には二つ月が存在したことになっている。どの文献を覗いても、そうとしか書かれていない」
「それが、——世界改竄」
「そう。元の世界のから改変された世界。一件はまともに機能しているように見えるけど、実際は後付けされた設定に、適応するためにあちこちにバグやエラーのようなものが出てくる」
「…………たとえば怪異現象とか?」
「そう——あれこそが、世界のバグの最たる例だ。あの現象も、この世界の月が二つになったころから極端に増えている。怪異というのは、本来は民間伝承の中でしか存在できなかった空想上の存在。今は、実態を持ち人間を脅かす脅威となっている」
「そして、その『非日常』すら『日常』に取り込まれようとしているナノ」
「そうだね……。世界も、人も、正常性バイアスによってすべての非日常を日常の一部にしてしまう。その力は非常に強いものだ」
「でも、異質なものを際限なく取り込めるほどこの世界の器は大きくないナノ」
「そう……。二つの月と、狂気山脈。この二つだけでも既に世界にこれだけの綻びが生じている。もし、異世界からの帰還者の存在が『日常』として取りこもうとするときに、この世界は破壊される」
「——水風船が破裂するように、ナノ」
「そう。例えば、今回の魔道学院サクラメメントで言うならば、桜の樹々から霊子が放出されていて、その霊子の圏内であれば魔法が使えると、人々の大多数が認知してしまえば……」
「魔法が存在する前提の世界に書き換えられてしまうナノ」
「そうだね。ギリギリの瀬戸際にあるこの世界を守るために存在するのがボクとミミなんだ」
「そのためには、私としー君でがんばらないとだねっ!」
「そうだね。これからも、世界を救うために、がんばろう。ミミ。それと、明日以降の作戦についても、メモ書きしておいたから、目を通して欲しい」
五嘉はそう言い残し、ミリアに一枚のメモを渡す。明日の行動予定表である。
ひとしきり話が終わると、五嘉はミリアの部屋を出る。このフロアは、女子生徒のためのフロアである。そんな中であまり長居できないという事情もあった。そして、ミリアの居なくなったところで、五嘉は一人呟く。
「世界を救う、か——。ボクには白々しい言葉だな。本当に救いたいのはミミだけなのだから」
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