第14話『縞パンと遵法精神』

 魔道学院サクラメメント。これは、異世界における一流の魔道エリートを輩出するための魔道養成機関である。だが、あくまでも学校であるため、その授業のなかには魔法に関するもの以外も存在する。


 たとえば、いま五嘉が対戦相手と対峙している『格闘実技』もその一つである。魔道学院サクラメメントの校章の入った体操着を着て、フルコンタクトでの対戦試合を行う授業。回復魔法が存在することから、本気で殴りあうことが許可された授業である。地球でいうところの体育に該当するプログラムだ。


「転校生! おまえ、なかなか引き締まったからだしてんじぇねぇか——昨日の投稿初日の、黒いローブであらわれた時には、ローブの下にそんな武闘派な筋肉が隠されているとは思いもしなかったぜ!」


「どうも」


 いまの五嘉は、学校のプログラムに従い、一年中羽織っている黒ローブを脱ぎ、体操着に着替えている。いわゆる普通の短パンと半そでの体操着である。


 五嘉の一切の贅肉のない筋肉質な引き締まった肉体と、全身の細かな切り傷。この姿を見た相手は、五嘉に対して決して『魔法使い』や、『呪術師』といったような印象を持つことはないであろう。


 そして、この戦闘実技の授業において——いままさに、五嘉は学園一運動能力が高いセイイチの襟を掴んでいる。セイイチもそれを払おうとするも、万力のような強さで振りほどくことはできない


「どうも。それじゃ、——投げるね」


「その、五嘉くん、やさしく、……してね?」


「もちろん」


 相手の襟首をつかんでからの、一本背負い。空中でクラスの武闘派男子のセイイチは空中でくるりと回転したあと、床にストンと落ちる。


 まるで床に羽毛布団が落ちたようなソフトな音である。そして、セイイチの鼻頭に風圧。五嘉の下段正拳突き、——戦闘実技の授業なので、当てずに寸止めする。


「一本! 勝者、五嘉くん」


 女性陣から黄色い歓声が沸く。


「あの転校生の五嘉くんだっけ! やるねぇ!」


「顔もなかなかかっこいいし。デートに誘っちゃおうかなぁ。他の女子に取られないように早くツバつけとかないと。キセイジジツってのが重要だからね」


「ヤヒコちゃん、恋愛に関してだけはアグレッシブだねぇ……」


 雫月 五嘉、彼は普通にしてさえいれば、その整った容姿と、卓越した運動技能から女性に好意を持たれても不思議ではない人間である。


 ——もっとも、彼の暮らす殺伐とした日常にはそのような彼の容姿や能力が正統に評価される機会などはないのだが……。


 一方で、ミリアは戦闘実技には不参加。理由は、体操着を着るのが恥ずかしいという理由であった。ミリアの本気の運動機能は、五嘉の能力を上回る。


 だが——、五嘉の作戦によって、運動が苦手なドジっ子を演じろと命じられているため、それを忠実に実行に移す。


 ——ミリアの前には、8弾ていどの下駄箱。ミリアの跳躍力であれば、助走無しで10メートルの跳躍が可能なのであるが、あえて跳び箱にぶつかり、五嘉の言われた通り『ふぇぇん……こんな高さとべないよぉ……。ぶつかったお手てが痛いよぉ』という台詞を呟く。ミリアは自分で台詞を言いながら赤面しているので、より一層リアリティーが増している。


「ミリヤちゃん最高! 銀髪ロリでドジっ子とか最高や!」


「ミリアちゃん、まじ——幼女!」


「やっぱ。130cmとか、……最高だよね」


「銀髪! 銀髪! 銀髪!」


 ミリアは、男子生徒の反応に『うわぁ……』と思いながら、それを顔には天使のように慈愛を称えた笑みを浮かべている。五嘉の方をちらっと見た時に、小さく親指で、グッドサインを作っていたので作戦はうまくいっているということなのだろう。



 場面変わって、数学の時間。


 踏み台の上に立ったミミが、黒板に複雑な式を書いている。閉鎖空間内で火炎魔法を行使した際の、破壊力の計算式らしいのだが、五嘉には何が書かれているのか、一切分からなかったが、あたかも分かっているかのように、たまに、『ふむ』とか『なるほどね』とか言いながら聞いている。——五嘉は勉強は得意ではない。


 教師が、板書に書かれたミリアの数式を数分黙って眺めたあとに呟く。


「ほう、——フィボナッチ素数ですか……たいしたものですね。素数を用いた計算式は魔道エネルギーの予測精度がきわめて高いらしく、一流の魔導士たちの中にもこの計算式を愛用する者もいるくらいです」


「なんでもいいけどよォ……」


「一生懸命板書するロリっていいよな」


「えぇ、……それにメイド服に銀髪と特殊語尾……。これも、致死性の高い尊さです。しかも登校初日に縞パンを見せる天然要素も添えてバランスもいい……」


 一息を置いて、紳士風の教師はつづける。もちろん、紳士アピールのためにモノグラスをくいっとやる動作も忘れない。


「それにしても130cmだというのに18歳という年齢は超人的な遵法力というほかは、ない」


「よし…、ナノ――」


 ——。五嘉の当初の予定では、五嘉が運動神経ミステリアスキャラ、ミリアがミステリアス系知的キャラをアピールするための演出のつもりだったのだが、知的要素はほぼほぼ誰にも評価されることなく、賞賛の声の90%がその容姿に対するものであった。五嘉の予想に反し知的キャラは、あまり求められていないようであった。


 ミリアは、男子生徒の反応が、作戦と違う反応だったため不安になり、ちらっと五嘉を見るも、五嘉は机の下で小さく親指でグッドサインをし、——今回はおまけに小さくウィンクを送っているのであった。

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