第13話『サクラの霊子と雪山密室』
狂気山脈。静岡県の、富士山が局所的超地殻変動により隆起した世界一の標高の山。エベレストの標高よりも千五百メートルも高い。その標高はゆうに1万メートルを超える。その八合目に魔道学院サクラメメントは存在する。
ここまで登るのはプロの登山家でも非常に困難である。五嘉とミリアは、ヘリコプターで上空からパラシュートでこの八合目まで辿り着いたのであった。……最もこの魔道学院サクラメメントの周辺は、魔道環境調整装置によって年中、小春日和である。学園内には、桜の樹々が咲き誇っていた。
——この桜の樹々こそが霊子を生み出す源となっている。魔法を展開する力場を形成するためには、この桜の樹々が放出する『霊子』の存在が不可欠なのである。
魔法の力は非常に強力である。限定的であるが、条理を無視した奇跡をインスタントに発動させることができる代物。しかもその使い手が32名+1名いるというのだから、まともに全員と真っ向勝負を行うとなったら、ミリアと五嘉の二人では非常にこころもとない。
「それにしても、向こうの世界にちょっと行っている間にこっちの世界もすげー変わってんだな。まさか富士山が標高世界一になってるとは思わなかったぜ」
「ですよね。ぼくも驚きましたよー。なんか、随分とこの世界もファンタジーな感じの世界になっちゃってますよね」
「でも……、厄介ですわね。魔道地形演算装置の解析結果によるとこの山の標高は9千メートルですわ。霊子の展開圏内のこの学園内であれば、私達は生活できますが、霊子の領域外の学園外、ましてや下山など無理ですわ……」
「あの転校生、五嘉ってやつはどうやってここまで登ってきたんだ?」
「五嘉くんはともかく。一緒にいた、ロリっ子のミリアちゃんは、とてもここまでの高さの山を登り切れるくらいの体力があるとは思えないんだけど?」
「あの二人はなんらかの能力持ちの可能性もあるわね……」
「まぁ。その可能性を探って、先生もあの不審者二人をこの学校に転校させようっていう判断になったんだけどねー」
「あの二人が、ここまで登ってきた方法を聞き出せば、霊子の力を借りなくても、下山できる可能性があるっていうわけだな。魔法の力は便利だが、その触媒が必要だっていうのは弱点でもあるな」
「グリモワールの世界では一年中どこにいっても桜の樹が咲いていたから、霊子の残量なんか気にすることはなかったけど、そういやこっちの世界って春にしか桜、咲かないもんなぁ……」
「それに桜の樹が植えられている場所も限定されているもんな」
五嘉と、ミリアがこの学園の生徒として受け入れられたのは、彼らからなんとかして、生身の肉体で下山する方法を確認するために他ならなかった。それが、彼らが、謎の二人の来訪者を受け入れた理由であった。
「しー君。今回はどうするつもりナノ?」
「異世界からの帰還者——単純に32名の生徒と1名の教師を殺害するだけなら、簡単だ。手段を問わなければという前提は付すけどね」
「それは、どういう……?」
「ボクらが、プロの登山家だと騙し、魔法を使うための触媒『霊子』とやらが展開されている学園外に出す」
「ふむふむ」
「この狂気山脈の安全圏は、霊子の影響下にあるこの学園の中だけだ。あとは、適当にこの標高9千メートルの雪山を歩いていれば彼らは死ぬ。この狂気山脈の八合目から十分な装備なしで下山できるような人間は、——いない」
「————。単純だけど、……非常に成功率が高い作戦ナノ」
「だけど、今回ボクたちがするのはその真逆だ。彼らに、その死を悟らせずに、——秘密裏に殺す。だから、殺害もこの雪山密室である学園内で執行する。そして、今回は余命の宣言も行わない」
「それは、どうしてナノ? 余言者としての課されたルールに逸脱しないナノ?」
「今回の場合は、ルールには反しない。今回の学校転生は、静岡から京都への修学旅行中に高速バス事故に巻き込まれて死亡した、生徒達だ。そして、報告によるとその高速バスが墜落するのは一瞬のことだった。彼らは、自ら死のうとして死んだわけではない。死んだ意識もない純粋な、——転生者だ。そういう人達にあえて、この世界での彼らの死の真実を伝えるのは、——それは誰も幸せにならないことだ」
「でも、そんなことは可能なの……ナノ?」
「そのためには、ボクたちは残された日数でボクたちのことを彼らに信用してもらう必要がある」
「明らかに怪しい私たちを?」
「逆だよ。この魔導士っぽいボクのローブと、ミミのメイド服は、通常の登山者とは異なる、この世界にいる何らかの能力者だと考えられている可能性が高い」
「なるほど。さすがしー君。魔道学院サクラメメントの生徒は異世界でファンタジーでそういった超常的な能力の存在に慣れしているから、私たちのような存在を容易に受け入れてしまう下地があるっていうことなのね」
「そういうことだね。それを逆手に取る。そのために短い間ではあるけど、学園の生徒にボクらの存在を認めさせる必要がある。32名の生徒を、自分が殺されたと意識させる暇もないくらい一瞬の間に、同時に殺害するためには必要なことだ」
「しー君には何か策があるっていうことナノ?」
「あるよ。具体的にはね——」
そうして、五嘉とミリアの魔道学院サクラメメントの学園生活の初日は終わった。
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