冬桜

またぞう

第1話

 呼吸を整えろ。意識を乱すな。

 尖る五感に感情を乗せるんだ。操作に集中。

 春奈は重い決意を抱えながら、しかし滑らかに一歩を踏み出した。

 さっと注ぐ照明。深く息を吸う。

「皆さま!」

 ショーが始まった。

 絶妙な間。

 然る後、暗転。



 しまった、少し遅れた。

「はーい、おーけー!」

 監督の少し間の抜けた声が空気を閉ざした。皆が口々に労いの言葉を投げかけあっている。最後から二回目のリハーサルが終わった。今回の舞台は新入生歓迎会、私達演劇部を舞台としたオリジナルの劇中劇であり、高校生にしては難易度の高い内容である。

「最後の、もう少し落ち着いた声の方が重み出るかもね。でも、良かった。」

監督が真っ先に彼女に駆け寄り、声をかけていた。「でも、良かった」とは監督の口癖である。

「はい。分かりました。」

心地よい神経のピリピリが途絶えぬままの返事。冬月さんだ。私と同級の二年生だと言うのに、先輩方を含めた全員の推薦をもって、彼女が主演に抜擢された。

せっせと片付けをする部員に挨拶をしつつ、冬月さんは汗を拭うタオルを拾いに向かった。

 この10名程度の演劇部で、私は照明操作の一部を担っている。去年まで三年生の先輩が担当であった大役だ。それだけ、私の舞台へかける思いを監督が知ってくれているのだろう。決して、他の同級生全員が辞めてしまったが故ではない。断じて。

 本番まではあと2日。準備はほぼ終わったようなもので、あとは心の準備と言ったところか。部員皆、私の目には才能あふれて見え、また監督の元団結している。ストイック過ぎる仕込みや練習のおかげで辞めて行った元部員の一部以外、先生や生徒からの評判は上々だ。偶に賞だって取る。

 冬月さんが片付けに合流してきた。

「お疲れ、春菜。」

「あ、お、お疲れ様、冬月さん。」

「こら」

「え?」

少し笑っている。花弁のような顔だ。

「さん、って」

しまった。

「あ!ごめんごめん。お疲れ、冬月」

サボりかけた手を早める。

「ありがとう。暗転のタイミング、凄く良かったよ。」

「いやいや、監督が合図くれてるからさ」

「そう?でもさ」

「ん?」

もう少しで片付けが終わるというところで、遮るように監督の声が響いた。

「春菜!おいで!」

私はやや上ずった返事をして監督の元へ駆け寄る。部室の温度が少し冷えた。

片付けは結局冬月さんが纏めてくれていた。


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冬桜 またぞう @youzoh

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