私がNO.1

@yumenojou

第1話 私がNO.1

「おはよう。」

いつもその一言から始まる。彼の笑顔が大好き。

朝ごはんは決まっている。トーストされたパンに目玉焼き。TVをつけて今日のニュースを観ていると、ガガガっとけたたましい音が鳴る。ふわっと香りが広がって、コーヒーが淹れられる。私は一緒にミルクを頂く。

今日は天気の良い土曜日。彼は昨日の残業で少し疲れがあるみたいだけれど、私を見るなり

「なつ、出かけるぞ。」

どうやら今日はデートらしい。

お気に入りのTシャツを着て、う~ん、帽子はちょっと違うかな?なんて思ったけれど、日差しが強い。彼に言われるままに、麦わら帽子を被る。

「そんな不満顔しないでよ。今日もかわいいよ、なつ。」

かわいいって言えばいいわけじゃない。少し嬉しさも噛みしめながら、膨れてみた。

私をなでる彼の手は優しい。いつもこの手に騙される。仕方ないなぁ。ねぇ、今日はどこにいくの。

駐車場には青い車が止まっている。昨日洗車をしてきたのか、水滴が少しだけ残っている。

「今日はドライブしながら、色々回ってみようか。エンジンかけてくるから、少し待ってて。」

外は暑い。窓を通してもやもやと陽炎が見える。

「さ、準備が出来た。なつ、行こうか。」

私の席は決まっている。彼の隣。私が乗る青い車はいつもピカピカに光っている。ありがとう。

少しだけ窓を開けて、顔にかかる風が心地いい。

彼の好きな音楽が流れている。少し口ずさみながら、ノリノリの彼。何で男の人は車に乗ると元気になるのだろう。家でも少し元気を見せてよ。でも、今日はデートだ。そんなちいちゃな不満はどこの風。どんどん風を切ってピカピカの青い車はどんどん進んでいく。

「さぁ、着いたよ。なつ。」

今日のデートの場所は、ゴロゴロと石がいっぱいある。彼にリードされなが一緒に歩く。でも、私の方が上手みたい。途中から私が彼をリードする。きらきらと反射した川面は、暑さを忘れさせてくれる。

「なつ、ちょっと待ってよ。早い早いっ。」

早く来なよ。ほら水辺は気持ちいいよ。ねぇ早く。

「早いから。危ないって。」

大丈夫。大丈夫。心配性な彼を置いてどんどん先に進む。

手に触れる水は冷たくてとても気持ちがいい。彼にも触れてほしくて呼んでみる。ねぇ早く。

「速いよ、なつは。」

膝に手をつきながら彼は苦笑い。

しゃがんだと思ったのが油断。いつもの彼の優しい手は水の中から、勢いよく飛び出してくる。お気に入りのTシャツが水浸しだ。

むう。やられた。お返しとばかりにこっちも反撃だ。手を濡らして彼の首元へ。

「うわ、冷たい」

ばしゃんと、大きな水しぶきをあげて尻もちをついた彼。ちょっとやりすぎたかなと思ったら、彼は大きく笑っている。

「もう、パンツまでビショビショだよ。ほら、木陰で休もうか。」

彼に連れられながら、青い葉の茂る木の陰へ。風も少し吹いてきて、気持ちがいい。

「なぁ、なつ。今日は会わせたい人がいるんだ。」

彼が言う。ドキッと胸に突き刺さる。誰なんだろう。

彼の服が乾いたら、きっと会わなきゃいけないのだろう。今日は暑い日。すぐに乾いちゃうのかな。

すっきりした太陽に、そよそよした気持ちのいい風が今は憎い。私の心はざわざわしてるのに。

思えば思うほど、時間は目の前の光景のように、さぁっと過ぎていく。

彼が仕事のこと、この間食べたランチのこと、いつものとりとめのない報告を言う。彼が私に会っていない間のことを時に面白く一生懸命に伝えてくれている。そんな時の彼が一番好きかもしれないな。

「お、乾いたな。なつ、行こうか。」

彼の爽やかで軽い声が、胸にずしりと食い込む。やだな。

顔や腕は黒いのに、胸や背中が真っ白な彼。腕まくりをして暑い中、外を歩いているのだろう。そう思いながらシャツを着る彼を見る。

ピカピカの青い車、彼の隣の私の特等席。乗りたくないな。

「パンツも濡れていたけれど、何とかいけそうだな…」

彼が自分のお尻を確認した一瞬の隙を盗んで、私はダッシュした。

「あ、待てよ。なつ!」

よーいどん。全力でどんどん加速して逃げた。私は脚が速い。あのピカピカの青い車に乗りたくない。乗ったら、会わなくちゃいけない。でも、どこに逃げれば良いの。逃げた先に何があるの。そう思うと脚が、身体が重くなる。彼の声が小さくなると、怖くなる。彼と離れるのは嫌。それがとっても怖い。

立ち止まって、座っていると

「なつっ!」

ぜぇぜぇと息をして、汗を一杯流して心配する彼。怒られると思って首がすくむ。

「なつは速いね。でも、捕まえた。」

逃げちゃってごめんね。

ピカピカの青い車のドアが開けられて、ちょこんと特等席に座る私。

走ったし、暑いよ。早く車を発進させてと言いたいけれど、車が走れば私は会わなければいけなくなる。小さい頭で、どうしようかと考えてるその内に

「じゃあ、なつ行くか。」

上機嫌で、彼は言う。ひっかいてやろうか。と思ったけれど、さっきの反省が脳裏に浮かぶ。

行くときは、ノリノリのBGMだったのに、今はゆったりとしたバラードに変わっている。

恋だの愛だの流れているけれど、今の私がその気持ちよ。私が全力で歌いたいくらい。これは彼には歌わせない。口ずさもうとするたびに邪魔をする。

「待ち合わせ場所は、カフェなんだ。」

ほぅ。あのカフェですか。甘ったるいオシャレな飲み物と甘い男女の馴れ合いですか。そこに私を連れて行くのですか。ふつふつとぷりぷりと湧きあがる感情。でもね、レディーはそんなの顔に出さないのよ。必死に寝たふりをしながら時に彼の歌の邪魔をする。

あぁ、大きい建物が見える。いつも私と一緒に行くカフェだ。

私と一緒の時は、本を片手に一緒に行くけれど、今日は違うんだ。いつもの大好きなマスターにも会えるお気に入りの場所なのに。大きい建物が今日はより暗く見えるよ。

駐車場所が混んでいる。みんなずっと駐車してくれていると彼は諦めるかな。

「お、空いてる。」

遂に遂に着いちゃった。逃げようにもしっかり捕まった私。仕方なくそのままカフェへ。

入口が入ってすぐ左がカフェだ。心のドキドキがまだ収まらないのに、自動ドアが開いて、もうカフェだ。

「あ、はるか。」

華奢な白い手が揺れている。キラッと光る指先が輝いている。

「はるか、お待たせ。この娘。挨拶できるかなぁ、なつ。この子が合わせたい人。はるかっていうんだ。」

目の前には、私に負けないくらいのくりっとした目。長いまつ毛に。さらっとした黒い髪。すらっとした細い脚に、そして華奢でキラッと輝くきれいな手。

でも、私だっけ負けてないもん。キュートなお尻に、くるっと巻いたブラウンの栗毛。うるうるな瞳に、何より彼と過ごした時間は私が一番だもん。

「私は、はるか。いつも聞いてるよ。よろしくね、なっちゃん。」

彼女のまっすぐで、素敵な瞳が上から近づいて私を包み込むんだと思ったらぎゅっと、私を抱いた。

彼の手にも負けないくらい、気持ちいい。少しひんやりしていてる手。ふにゃっとした体は彼のがっしりした身体よりも、悔しいけれど心地が良い。

「仲良くしてくれるかな。」

大好きな彼に言われたら断れないよ。

うなずく代わりに彼女の胸にうずくまる。自慢のくるっくるのブラウンの栗毛を押し込んだとき、麦わら帽子が落ちる。

彼といっぱい話したい。彼と手をつないで歩いてみたい。彼を抱きしめたい。でも、私には出来ないの。彼のように上手くしゃべれなくて、彼のように上手く歩けない。抱きしめたくても、手が届かない。歯がゆかった。でもでも、誰よりも彼にはなでなでしてもらって、抱き上げてもらって、ずっと寄り添って、毎日毎日一緒に居たの。それはずっとこれからも一緒だよ。彼の隣は私が一番なの。

そんな優しい彼だから、彼が女の子を連れてきても、私は受け入れる。気に食わなかったら噛んでやる、なんて冗談。

彼の好きな人を噛むほど、私は可愛いくない女の子じゃないの。

私は彼の一番だから。どんなことがあっても一番だから。だから今日も彼を信じて、彼についていく。はるかちゃん、私、なつもよろしくね。

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