輝々星神(かがほしのかみ)を追う

第7話 アツミの里、神津島


  三日の後、香々背男かがせお率いる筏船いかだぶねは、アツミの里、神津島こうづしま水戸みなとに入った。神津島こうづしまは太古から良質の黒曜石こくようせき産地として名を馳せていた。割ると鋭い刃物となり、狩猟用しゅりょうようの矢じり、石刀用せきとうようの素材として貴重であり、誰しもが欲しがった。


伊豆半島いずはんとう東南の沖合おきあいにある神津島こうづしま、ここがアツミ族の本拠地ほんきょちである。アツミ族は船を用いて、島伝いに黒曜石こくようせきを運び、東日本一帯に影響力をもっていた。

 

 アツミ族は、はるか北の国、日高の国にも黒曜石こくようせきを運んだので、宇都志うつしの族長は、代々にアツミ一族を重んじ、その黒曜石こくようせきと航海の技を高く評価した。


 アツミは黒曜石こくようせきを各地に運んだが、その代わりに各地の産物を手に入れることができた。神津島こうづしまには、珍しい物が集まり豊かであった。各地の海人あま神人かんどがこの島に集まり、神々かみがみの集まる島、神集島こうづしまとなった。その頂点が香々背男かがせおである。


 翌朝、香々背男かがせおは、阿積石津見あつみのいしつみに命じて一族のかしらを集めた。香々背男かがせおは、一同を見渡して、神々に奉じる祝詞はふりのことばのごとくにゆるりと口を開いた。


 「ここにお集まりの阿積あつみの一族、高志こしの一族に心よりのお願いを申しあげる。皆も知ってのとおり、われら日高ひだかの国には、今、大いなる異変が起きている。あめつちの約束である「千年ちとせの結び」解ける時を迎え、日高ひだかの安らぎは、はなはだしくおびやかされている。」


 香々背男かがせおは、もう一度、アツミの頭衆、一人一人を見詰めて、言葉を選んだ。

 「異変をいち早く感じ取ったつち族の神、シロタエの姫神ひめかみは、そのいのち代償だいしょうに、一族のおろかな悪夢あくむを背負うことで滅亡めつぼうまぬがれた。あめ族は、先の族長、輝々星神かがほしのかみが、新たな千年の行く末をねがい、この地から十二人の従者とともに対岸に上陸されたまま、行方ゆくえ知らずである。」


 かくすべきことはなかった。正直に状況を知らしめ、皆々のこころに訴えた。

 「この度、弟君おとおとぎみであられるオトウツシの君は崩御ほうぎょされ、あめ族はその子、姫ジンとヒカネに託されることとなった。オトウツシの君の遺言ゆいごんは、「輝々星神かがほしのかみを探し出して、うつし族の再興さいこうに力せよ。」である。われは命に代えて、この任に当たる。みなの力をこの香々背男かがせおに貸していただきたい。」


香々背男かがせおの言の葉に全員が応じた。

「おうっ、おうっ、おうっ」

みなぎる声が天地(あめつち)に響き渡った。


 伊勢以東いせいとう海路かいろを持つアツミ族は、北の日高の海峡をこえて、高志こしの国にまで一族を配していた。香々背男かがせおは日高の国にいることが多く、高齢こうれいでもあったので、神津島こうづしまでは石津見いしつみが族長として、その代役を務めていた。


 族長、石津見いしつみは、黒曜石こくようせき交易こうえきに長けていた。採掘さいくつ細工技術さいくぎじゅつはもとより、伊勢、東海から関東の広い範囲の部族を掌握しょうあくする一番頭いちばんがしらであった。


 二番頭にばんがしら綿津見わたつみは、石津見いしつみに次ぐ実力者であった。 綿津見わたつみもまた、各地の神々のつかさから信頼を得て、神津島こうづしまの名声を絶大ぜつだいなものにしていた。


 綿津見わたつみの特技は、あさであった。綿津見わたつみは、あさから麻綿あさわたを取り出し、麻糸あさいとを一つ一つり、心を込めてつむぐ、麻績族おみぞくの元締めであった。


 麻績おみ一族は、麻の持つ魔力まりょく熟知じゅくちし、衣、食のほか、ぬさふさ布帛ふはくひもなわそして陶酔とうすい鎮痛ちんつうの秘法を持っていた。


 麻の力は各地の巫女みこ巫覡ふげきをとりこにした。神司かむながらのつかさが使うぬさころもは古くからあさが使われており、今ではその大半を神津島こうづしま綿津見わたつみが納めていた。


 このように、麻をつむいで船に綿津見わたつみ族と、いしを細工して船に石津見いしつみ族が神津島こうづしまに集まって一つになり、巨大な勢力せいりょくに育った。


 いつのころからか、航海を生業なりわいとする船積ふなつみ族の中では、そのかしらを意味する阿積あつみの名で呼ばれるようになった。阿積あつみかしらである石津見いしつみ二番頭ばんがしら綿津見わたつみによって、阿積族あつみぞくは不動の地位を築いていた。


 阿積族あつみぞくのほかに、忘れてはならないもう一人のかしらがいた。石津見いしつみそばにいる高志玉津見こしのたまつみである。日高ひだかの国は、北と南に分かれていたが、北の水戸みなと交易こうえきみやことしてにぎわい、西と東からの船が行き来した。東からの船はアツミ族、西からの船は、玉津見族たまつみぞくのものであった。


 奴奈川ぬなかわの川底から取れる翡翠ひすいは、この世で最も硬く高貴こうきな石といわれ、太古の昔から重宝ちょうほうされていた。翡翠ひすい勾玉まがたまは、族長のしるしとして日高ひだかの国でも評判は高く、姫神ひめかみたちはきそって求めた。


 玉津見たまつみは、奴奈川ぬなかわ翡翠ひすいに目をつけることで、生業なりわいみちを開いた。高志こし玉津見たまつみと呼ばれ、綿津見わたつみと並んでかむながらのつかさの間では名を馳せていた。


 このように石津見いしつみ綿津見わたつみ玉津見たまつみという航海積族こうかいつみぞく三巨頭さんきょとうが揃うことは珍しい。香々背男かがせおは、大満足であった。阿積あつみかしら高志こしかしらの協力があれば、大抵のことはできるからである。


 神津島こうづしまは、いつもに増して、あわただしくなった。麻綿あさわた麻綱あさつな、麻ひも、麻幣あさぬさ麻房あさふさ黒曜石こくようせきなど、日頃の積み荷の外に、探索隊たんさくたい食糧しょくりょうとして干し魚、干し肉、あわひえくりの実、しいの実、あさの実、塩、さらには麻の敷き物、麻蓑あさみのあさ乾燥葉かんそうばといった諸々もろもろのものが各地かくちから寄せ集められた。


 人々と船の行きかう様子ようすはいかにも賑々にぎにぎしく活気づいていた。阿積あつみの頭、石津見いしつみは、水主頭かこがしらを呼び、各方面の探索隊の状況を香々背男かがせお御前おんまえにて報告するよう命じた。


 「石津見水主頭いしつみのかこがしらが、香々背男かがせおの君に申しあげます。」


 「左の川隊。隊長は、阿積之船戸あつみのふなど、副官は弟、船戸之大力ふなどのおおちから水主かこはその子、船戸乃小力ふなどのこちから。外三十名。百日ひゃくにちそなえを終え、出航のよき日を待つ。」


 「富士の川隊、隊長は族長、阿積之石津見あつみのいしつみ。副官はその子、水主彦男かこひこお。外五十名。百日ひゃくにちそなえを終え、出航のよき日を待つ。」


 「伊那谷いなだに隊、隊長は津島之綿津見つしまのわたつみ。副官は綿津見水主比古わたつみのかこひこ、他五十名。百日ひゃくにちそなえを終え、出航のよき日を待つ。」


 「木祖谷きそだに隊は、隊長、宇都志火加根うつしひかね、副官、綿津見之都見わたつみのつみ、他三十名。百日ひゃくにちそなえを終え、出航のよき日を待つ。」


 「麻績おみ隊は、隊長、綿積之麻績わたつみのおみ、他三十名。姫ジンを麻績おみの里にお連れし、探索隊の成功を祈る。」


 水主頭かこがしらの声が通った。三十を過ぎた精悍せいかんな海の男である。長期航海の漕ぎ手を長く務め、星読みの専門家としても名が知れている。このたび石津見の補佐役として富士の川隊に加わっている。


 香々背男かがせおは皆の前に立ちあがり、各方面の探索隊長を一人一人見つめて探索の成果を祈った。

 「日高の国、輝々星神かがほしのかみの探索は、わがアツミ一族の総力を挙げて力すべし。五つの探索隊のうち、佐の川隊と富士川隊は富士山ふじやまの背後にまわり、こうたいらに集合すべし。隊長は阿積之石津見あつみのいしつみ。」


 香々背男かがせおは、ひと呼吸おいて、綿津見わたつみの方に向きを変えた。

 「伊那谷隊いなたにたい木祖谷隊きそたにたいは、諏訪すわの里に集合すべし。隊長は津島之綿津見つしまのわたつみ綿津見わたつみ高志隊こしたいを編成し、高志之玉津見こしのたまつみと合流を図るべし。姫ジンは、この間、麻績(おみ)の里にて、無事に探索方の成功を祈るべし。出航は明朝、潮のみつる日の出の刻。あめのみなかぬしの神、たかみむすびの神、かみむすびの神のご加護を祈る。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る