第5話 呪いの宝剣、八拳(つか)の剣

 輝々比古男かがひこおとオト比古根ひこね従兄弟いとこ同士であったが、母神ははかみ香具姫かぐひめにとっては同じ腹をいためた兄と弟であった。

 一度に二人のわが子を失った香具姫かぐひめの怒りはいかばかりであったろう。二人の夫へのいかりはうらみに代わり、のろいに代わってえることはなかった。あの手この手で二人のいのちねらい、のろいの手をゆるめることはなかった。


 オトウツシは、悔恨かいこんおもいつぶされそうな日々を送った。香具姫かぐひめに討たれてたおれるのもみちだが、二人の兄弟あにおとおと輝々比古男かがひこおとオト比古根ひこねこころざしつぶしてはならない。オトウツシは、二つながらのたましいしずめみちを選び、二人の勾玉まがたまを自分の胸にかけた。


 香具姫かぐひめ追撃ついげきをむなしく受けながら、自らの命尽いのちつき果てた後までも、二人のたましいとむらうことを祖神たかみむすびの神に約束した。日の上り、日の入りに柏手かしわでを打ち、こうべを垂れて祈りを捧げた。月の満ち欠けに日高の再生を奉じ願った。


 しかし、香具姫かぐひめ荒魂あらたまはそのようなことで収まるはずもなかった。香具姫かぐひめはもはや気も振れんばかりに二人の夫をのろい、追い続けた。さては黄泉よみの国に逃げたのか。黄泉よみの国の入り口までやってきた香具姫かぐひめは、手に持った八拳之剣やつかのつるぎを振り上げた。天之御中主神あめのみなかぬしのかみが目の前に現れたので、ここぞとばかり、大声で怒りをぶち上げた。


「あめつちの神よ、われをどうしてここまで苦しませるのか。一度に二人の息子を失ったばかりではない。祖神おやがみたかみむすびの神との約束を守ってきた夫、輝々星かがほしは、いきなり、わが一族を放り出し、また、オトウツシはわが子の首をねてしまった。」


 香具姫かぐひめの顔は蒼白、唇は紫に染まり、震えながら訴えた。

「一体、何ゆえの仕打ちでありましょうか。われに罪ありとも思えず、このままでは、わが怒りの心をいかにして収めることができましょうぞ。憎きは、輝々星かがほしとオトウツシ。二人は黄泉よみの国に逃げ及んだに違いない。そこを通していただきたい。二人の首をねるまで、わが憤怒ふんぬたましいしずまることはない。」


 香具姫かぐひめの怒りは収まりそうにない。すると、天之御中主神

《あめのみなかぬしかみ》の声が響き渡った。

宇都志うつし母神ははかみ香具姫かぐひめよ。心を静めて聞くがよい。古来こらいより宇都志うつしは、あめとともにあり、宇麻志うましつちと共にある。香具姫かぐひめよ、「あめつち」を受け入れなさい。あめの結びは高御産巣日神たかみむすびのかみが、つちの結びは神産巣日神かみむすびのかみ、千年の時あるごとに改めて、定める。このようにして、わが日高の神々は萬年よろずの時を守ってきた。」


 天之御中主神あめのみなかぬしのかみの声は、香具姫かぐひめの心をとらえた。香具姫かぐひめから憤怒ふんぬの表情が薄れた。

「千年の時が変わる。今こそ、あめつちが離れ離れにならぬよう、神々かみがみのむすびを守り継がねばならない。あめつちのことわりをあなどってはならぬ。香具姫かぐひめよ、安心せよ、今、われがなんじ荒魂あらたまを受け入れよう。」


香具姫かぐひめは、

「もはやこれまで、これ以上、いのちを長らえる由縁ゆえはなし。あめのみなかぬしの神よ、お許しくだされ。」

と言うなり、あめつちのおきてを破り、手に持った剣でわが胸をさし、いのち途絶とだえてしまった。この時、香具姫かぐひめのろいは剣にとどまり、八拳之剣やつかのつるぎは「のろいの剣」となった。


 オトウツシの鎮魂ちんこんいのりもむなしく、一族は、散り散りとなり、オトウツシ亡きあと、この地から宇都志うつしの血筋は失われてしまった。


 箒星ほおきぼしを追った輝々星かがほしは、そのまま、南の大地へと移動し、噴火ふんかする富士ふじ山麓さんろくにたどり着いた。そこには、たかみむすびの神との約束を果たすため、南の地母神じぼしん、浅間の大蛇神おおかかかみを訪ねる輝々星かがほしの覚悟と命をかけた戦いが待っていた。


 シロタエの幼き息子、宇麻志彦うましひこは、母神ははがみいのち犠牲ぎせいに、その肉体から生まれた穀物こくもつとそのたねを日高の国中に広めて栽培さいばいした。日高にとどまった宇麻志うましの血筋は保たれた。後に宇麻志彦うましひこは、人々から、うまし族の神、宇麻志阿斯可備比古遅神うましあしかびひこじのかみと呼ばれるようになり、母神はがみたましいである八尺瓊勾玉やさかにのまがたま宇迦之御魂うかのみたまとして祀った。


 北の国の土偶どぐうは、古来より、ばらばらに割られてきたというが、宇麻志彦うましひこは、この時の母神ははがみ宇麻志蛇姫うましのかかひめシロタエの姿を忘れてはならじと、思いを込めて一族の祭祀となした。

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