エピローグ
翌日――
僕は普段通りに、探偵事務所に出勤した。ちなみに、駅では佐々木駅長の姿は見当たらなかった。
鈴木陽子さんと新田淳之介さんは、今頃どうしているだろうか?
後で、鞘師警部に聞いてみるか。
「明日香さん、おはようございます」
事務所に人がいたので、明日香さんと思ったのだが――
「明宏さん、おはよう」
探偵事務所にいたのは、明日菜ちゃんだった。
「あれ? 明日菜ちゃん、来てたんだ。おはよう、今日は早いね」
「早いというか、昨日は、お姉ちゃんの部屋に泊まったの」
「そうなんだ。珍しいね」
「うん。昨日の夜、お姉ちゃんから急に電話が掛かってきて。一緒に、お酒を飲もうって」
「お酒? それも、珍しいね」
僕は、明日香さんがお酒を飲んでいるところは、あまり見たことがない。
「うん。ちょうどテレビの収録が終わって、マネージャーさんとご飯でも食べに行こうかって話してたんだけど。電話の様子が、少し変だったから」
「変だった?」
「うん。ちょっと、元気がない感じで。それで、マネージャーさんにお店まで送ってもらって、ご飯を食べて少しお酒を飲んだの」
「そうだったんだ」
「その後、お姉ちゃんの部屋で飲もうということになって、そのまま泊まったの。明宏さん、何か心当たりがある?」
明日香さんも、5年前のことで、いろいろと思うことがあるのだろう。
「まあ、心当たりがないこともないけど」
「ま、まさか明宏さん、お姉ちゃんを振ったんじゃ――」
明日菜ちゃんが真顔で、とんでもないことを言い出した。
「えっ? そんなわけ、ないでしょ」
付き合っているわけでも、ないのに。そもそも、僕の片思いだし。
「明宏君、おはよう……」
そのとき、明日香さんが探偵事務所に入ってきた。
「明日香さん、おはようございます」
明日香さんは、まだ少し眠そうだ。
「お姉ちゃん、おはよう。大丈夫?」
「ああ、明日菜――なんで、いるの?」
「えっ? 自分で呼んでおいて、それはないでしょう」
「冗談よ」
「まあ、それだけ冗談が言えるなら、大丈夫ね」
明日香さんが、明日菜ちゃんに心配されている。
珍しい光景だ。
「明日香さん、コーヒーでも入れましょうか?」
と、僕は聞いた。
「お願い」
「明宏さん、私も」
と、明日菜ちゃんが言った。
「その前に、ずっと気になっていたんだけど。明宏さん、そのカバンは何?」
と、明日菜ちゃんが、僕の持っていたカバンを指差した。
「あ、そうだ。明日香さん、これ僕の部屋に泊まったときに、置いていったカバンです。先に、返しておきますね」
と、僕は、明日香さんにカバンを渡した。
「それじゃあ、コーヒーを入れますね」
「あ、明宏さん――今、お姉ちゃんが泊まったって言った?」
「うん、言ったけど。べ、別に、何でもないからね。調査の都合上、仕方なく泊まっただけだから――って、明日菜ちゃん、聞いてる?」
「お、お姉ちゃんが、ついに明宏さんと――」
明日菜ちゃんは興奮して、僕の話を聞いていない。
まあ、いいか。明日香さんが、ちゃんと説明してくれるだろう。
僕は、コーヒーを入れに向かった。
「お、お姉ちゃん! 明宏さんの部屋に泊まったの?」
「泊まったけど、仕事のためよ」
「仕事のためねぇ」
「ほ、本当よ。近くの安いホテルが全部満室で、仕方なく泊まったのよ」
「全部満室なんて、ありえないでしょう。ついに、お姉ちゃんの方から、一歩踏み込んだのね」
「な、なんのことよ……。私は、事件現場にしか踏み込まないわよ」
「何を、上手いこと言っているのよ。今度、トーク番組で使わせてもらうね」
何か、明日香さんと明日菜ちゃんが楽しそうに話しているみたいだけど、何を話しているのか、全然聞こえないな。
まあ、僕には関係ない話だろう。
「コーヒー、入りましたよ」
探偵、桜井明日香8 わたなべ @watanabe1028
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