epilogue――先生、昨日失恋しました。

【日報


 ○月×日 天気 曇り後晴れ】



 店主席すぐ傍で映写機の映像が流れる。少し古いカラー映像。これを見ている座敷童の一番大事な記憶だ。

 それを見ながら彼は静かに日報を書いていた。



【今日のお客

 児玉ゆり


 依頼

 小学三年生の時の失恋相手の名前を思い出したい


 トラウマの危険性 有

 星屑峠への誘導 有

 代償 特別免除】



 これを書きながら先程の会話を思い出す。

『あ、忘れるとこだった! 代償! 結局何だったんですか? 黒耀くんの欲しいものって』

『……んーと、ここで残念なお知らせ。実はね、持ってなかったんだよ、君』

『え?』

 ゆりの顔がサッと青ざめる。

『まさか(ピー)を払わなくちゃいけない?』

『ばあか。流石にそれは冗談だよ』

 黒耀の顔がふにゃりと幸せそうにとろけた。

 無知の人間をいじくれて満足という気持ちが前面に出ている。

『もうー』

 その考えを暗に汲み取ったゆりが頬を膨らませた。

『そういう訳だから今回は特別免除にしてあげるよ。――その代わり』

『その代わり?』


『僕の事、いつまでも覚えておいてよ』


 ゆりはきょとんとしながらその言葉を聞いていたがすぐにふっと笑い

『忘れるわけないじゃんね』

と言った。


「……」

 黒耀は何を思ったか、ふと「特別免除」を二重線で消し、横にさらさらと書き足した。

 書きながら黒耀の顔がぽっと熱くなる。



【担当神への一日の活動報告

 今日のお客は小学三年生の頃の記憶を求めていた。精神面への負担を確認。緊急案件であると判断、今回は代償の用意の確認を省略し、もしもの時は僕が自分の小遣いから代償を支払うから、という事で同意した】



「ここも省略しちゃったんだけどね」

 そう呟いて苦笑する。

 映写機はひたすら和傘をさしながら歩む座敷童を映していた。

 彼の周りには薄く溶け残った雪が。



【結果、その記憶はトロゥマの怪物となり果てており、彼女を記憶の奥底で苦しめ続ていた。しかしその後、喧嘩相手の思い入れの強い記憶を視聴する事によりトロゥマからの解放を確認。無事依頼を完遂した】



『しょうたのばか、しょうたのばか!』

 映写機から微かな声が聞こえてきて、黒耀は顔を上げた。映像にじっと見入る。

 向こうの方から雨に濡れた少女がぱたぱたと走って来る。顔が雨以外の液体でも濡れている事に座敷童はすぐに気づいた。

 何があったのか知りたくてそこにじっと立っていた。

 その直後すれ違おうとした少女の体が座敷童の和傘にぶつかり、すっ転ぶ。

 瞬間見えた彼女の憂いに満ちた顔に心臓が跳ねた。頬やら耳やらに血液が集中する。

 妖怪なのに。

『いた!』

『あ! ごめん! 大丈――』

 彼女の体を恐る恐る触った時、彼は彼女の体の中で黒い怪物の赤ん坊の姿を確認した。


「……」


 この後の展開を黒耀はよく知っている。


『あの、黒耀さん。私達、どっかで会った事、ありましたっけ』


 記憶に新しい会話が黒耀の胸をちくりと刺した。



【先生。昨日、失恋をしました】



 黒耀はおもむろに書き足す。



【でも、今は最高の気分です】



 黒耀は日報をぱたりと閉じてはにかむようにそっと微笑んだ。


 チリンチリン。

 ドアのベルが鳴る。黒耀はそれに合わせて店主席から立ち上がって入り口の方に移動した。

「いらっしゃい」

 今日も彼はいたずらっ子の微笑みを顔に浮かべてお客を迎え入れる。


――「記憶の宝石館」。

 門田町、立石地区、まるめろ商店街の隅にある、大正浪漫を彷彿とさせる洋風のその小さな建物は色ガラスをちらちらと輝かせ、恥ずかしそうにそこに立っている。


 貴方のなくした物は何ですか?

 思い出、記憶、暗記……そういった類の物ならば、何かお手伝い出来る事があるかもしれません。


「それで? どんな用事ですか?」


 この館と店主の座敷童は貴方のご依頼を心からお待ちしております……。


(おわり)

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記憶の宝石館 星 太一 @dehim-fake

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