部活帰り

 部活動が終わった時刻は十九時だった。


 おれは自転車にまたがり自宅へ向かった。肌に凍てつく冷たい風を浴びて少し凍える。冬が近づくにつれ寒くなってきて流石に制服だけでは寒さをしのげなくなった。日が暮れる時間も早まっていく。つい一ヶ月前はこの時間でも明るかったのに空は暗い。昔はこの季節の変化にワクワクを感じたが、高校生になった今は何も感じない。またこの季節がやってきた、それくらいだ。本当に俺は十代なのだろうか。


 今日の部活のことを思い出す。思い出すとなんだかむしゃくしゃして素直に帰る気にならなくなり、両親にメールを打って目的地を喫茶店に変更した。


 喫茶店に入ると時刻は二十時を過ぎていた。店内は暖房が効いているからか心地好く、なんだか今日は一晩中ここにいたかった。適当な席を見つけて座ると店員さんが水を持ってきた。


 礼を言い、メニューのハンバーグセットを頼んだ。手持ちの小説を読んで時間を潰している内に料理が運ばれてきた。鉄板に乗った熱々のハンバーグにデミグラスソースがかかっていて美味そうだ。早速箸でハンバーグを千切りご飯と一緒に口に運ぶ。部活で疲れていた身体に染み渡るようで自然と食欲が進む。数分も経たない内に夕飯を平らげた。


 今日は嫌なことがあったが、美味いご飯を食べればそれなりに幸福になれるものだ。このまま会計に行こうかと思ったが、店員さんがコーヒーを運んできてくれた。


「コーヒーは頼んでいませんが?」


「サービスです」


 店員さんは笑顔で答えた。それに少しだけ救われた気分になれた。


「ありがとうございます、今日のような日は親切がとても染みる」


「何かあったんですか?」


 俺は言おうかどうか迷ったが、見ず知らずの店員さんに言う分には何も害はないと判断して話した。


「俺は上北高校の卓球部に所属していて、今日も遅くまで練習してたんです。俺は部内でもそれほど強い選手ではなくて、試合でも団体戦は補欠でした。俺自身部活に力を入れていた訳じゃないです。しかし、それを良く思わない人がいたんです」


「その選手は先輩でした。その先輩は部活に力を入れていて、厄介なことに他の部員にもそれを強いていました。先輩からしたら俺はテキトーに練習しているように思うらしく、今日も練習中に注意を受けました。動きが遅いだの休むなだの、たかが部活で何故そこまでしなければいけないのか理解に苦しみます」


「……失礼ですが部活に思い入れがなければ部活を辞めるという選択はできないのでしょうか?」


 確かに部活を辞めるという選択肢もある。しかし。


「うちの学校は部活動強制入部なんですよ。必ずどこかの部活には所属していないといけないし、サボってもいけない。仮に辞められても新しい部活で馴染めるかわかりませんし、そもそも運動部が多いので状況はあまり変わらないかもしれない」


「なるほど、それは大変ですね」


店員さんは微笑み、一呼吸入れて言った。


「時にお客様、最近はめっきり寒くなってきましたね」


「え?」


 急に話題が変わったので少しびっくりした。


「そろそろ雪が降ってもおかしくないくらい寒くなってきましたね。もう薄い上着じゃ寒さを遮れないくらいに。一ヶ月前に比べて空も暗くなるのが早くなって今年もだんだん終わりに近づいてきている。この季節は鍋が美味しい時期ですし仕事帰りに飲む温かいお茶なんか最高ですね。私はこういう季節の移り変わりが好きなんです」


「お客様は最近そういった変化を楽しんでいますか?」


「変化……ですか?」


 季節が巡ればその変化を嫌でも感じる。しかし、いつからかそれに感じていたワクワクは薄れていき毎年の既視感と共に新鮮味を感じなくなる。しかし、それ以上に俺自身が何事にも無関心になっていたのは否定できなかった。


「もしそんな変化を感じ取る余裕がないのなら、今置かれている環境はよろしくないのですね」


 店員さんは微笑み、その場を後にした。



 後日、俺は変わらず部活に参加していた。辞めようかどうか考えたが、とりあえず続けてみることにした。


 しかし、今までとは違ってそれなりに頑張って練習はしていた。その環境に身を置く以上それなりの態度を示さないとどちらにせよ俺は疎外されるだろうから。


「お、今日も頑張ってるな」


 それに、努力していればそれなりに良いこともあるしな。



おわり

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不思議なウェイトレスさん シオン @HBC46

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