不思議なウェイトレスさん

シオン

低賃金で働く女

今日は金曜日、仕事終わりの私は近くの喫茶店でコーヒーとイチゴケーキを嗜んでいた。


スマホには土曜日も出勤してくれという職場からのメールがひっきりなしに送られて来てるが私は無視してケーキを食べた。休日出勤なんてごめんだし、そうじゃなくても先週6連勤したばかりなのだ。少しのわがままも通されるべきだ。


かくいう最近の私は仕事に疲れ果て、このコーヒーを飲む前は本当に疲れきった顔をしていたであろう。疲れて自転車のペダルも満足に踏めなかった。


「お待たせしましたお客様」


するとウェイトレスは追加のケーキを持ってきた。


「ありがとうございます」


「ケーキがお好きなんですか?」


「今日だけは特別なんです。カロリーを気にして食べなかったらこのあとフラフラの足取りで帰宅するはめになりますから」


「相当お疲れのご様子で」


疲れたときにケーキを2、3個食べることは珍しくはない。月に一度のお金のない私なりの細やかなご褒美だ。


「ウェイトレスさんは仕事楽しいですか?」


私は気まぐれに、そんな世間話を始めた。


「仕事が楽しいと思ったことはないですが、しかし私にウェイトレス以外に勤まるものがないのです」


「ウェイトレスになるべくして生まれたと?」


「そうじゃないならニートになるしかありませんしね」


とても不思議なことを言うウェイトレスさんだった。笑顔は素敵でどこかミステリアスで、何でもそつなくこなしそうなのに。


「私はなんというか……根本的に仕事をすることが向いてない気がするんですよね。何故働くのか私には理解できない。働かないと生きていけないのは理解出来ますが、その手段が一日の大半を消費するほどのものなのか。そのあたりが納得できていないのです」


「つまり必要に応じて働いているだけで出来るなら働きたくないと?」


「そうなります」


お世辞にも私の給料は高くない。むしろ低いとも言っていい。そんな雀の涙ほどの給料のために一日の時間を費やしてつまらないことのためにその金をつかっていると思うと自分がとても安く感じる。


故に軽々しく浪費することを恐れ、命よりも大切な金を守り続ける。そんな悪循環に私は陥っていた。


「お客様。世の中には生きがいのため、贅沢をするため、向いているからなど様々な働く理由があります」


「ありますね。そんな眩しい働く理由」


このウェイトレスさんもそんな立派なことを言うのだろうか?


立派なお説教はかんべん願いたいな。


「しかし、そんな面倒な理由を見つけるより簡単な方法があります」


「それはなんですか?」


私は息を呑んで聞いた。


「有り金を全部使うことです。そうすれば働かざるを得ない」


それはとんでもない話だった。


金を全て使うということは、ただの自滅行為だというのに。


「そ、そんなことできるわけがない!」


「それができるんですよお客様。さっきは大げさに言いましたが生活の限界まで金を浪費してしまえばいいんです。そして思い知ることです。人は、金がないと生きていけないことを」


私は反論したくなったが、少し思い当たる節があった。


私は少ない給料を出来るだけ節制して上手くやりくりしていたけれど、その金を自分のために使ったことは数えるくらいしかなかった。


このケーキを食べるというささやかな楽しみすら不安になるくらい私は金を使うことを恐れていた。次第に私は働く意味を見失ってしまった。


「ウェイトレスさんはお金のために働いているのですか?」


私は思わず訊いた。


するとウェイトレスさんは照れるように笑い、言った。


「もちろん。しかし、それは一番の目的ではありません」


「私にはそれしかやれることが残っていないからです」



お会計を済ませ店を後にした。後はこのまま帰宅するだけなのだが。


「・・・・・・」


あのウェイトレスさんを思い出し、私はどこか思うところがあった。


私にはあそこまで働く理由も生きる意味もない。しかし、そうなんとなく生きるフりをするのも少し退屈にも感じていた。


・・・・・・今日はいつもと違ってもう少し寄り道をすることにした。


私は向きを変え、自宅とは逆の方角へ自転車を向けた。


私もその理由とやらを探したくなった。



おわり


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