第4話 竜と龍ー政宗と光國
---時代は下って、将軍家光の御代―
その日、伊達政宗は大層、上機嫌だった。
参勤交代の道筋を変える---と言い出した。
「一度だけなら、と公方にもお許しをいただいた。」
へ---?という顔で愛姫さまは、登城から戻った政宗の裃を脱がせながら聞いた。
「どちらをお通りになるのですか?」
「陸前浜街道。」
―陸前浜街道―というのは、江戸は千住の宿の方に出て、下総、常陸、磐城と北上する道筋だ。通常は大仙道を使うが、今回限りの許しを得たという。
実際、陸前浜街道の南方、常陸国はかつては宿敵、佐竹氏の領土だったが、今は小規模な親藩が点々とある。
「龍ヶ崎村に久し振りに寄りたいとも思うし、見てみたいところがある。」
「何処ですか?」
「水戸、じゃ。」
数日前のことだった。
江戸城から戻った政宗は、面白い童に会うた---言った。
将軍へ拝謁し、とりとめも無い話をしていた時だった。
―水戸の頼房さま、お見えにございます。―
取次ぎの近習が次の間から声をかけた。
御三家のひとり、徳川家康の十一男---男子では、末子だったろうか?
政宗の婿であった六男忠輝よりだいぶ年下になる。
戦に出たことは無いが、
―江戸城の天守閣から飛び降りてみせるから、天下をくれ。―と言ったという、大層面白い男だ。
正室は持たないが、嫡子はいる---という。
―それでは---―と立ち上がりかけたところを家光が制した。
「せっかくじゃ。今ひとりの龍に会うていかぬか---いや、会うてみてくれ。」
家光は、そう言って頼房を招き入れたという。傍らには、五歳くらいだろうか---なかなかの良い面構えの童を伴っていた。
―将軍さまには、ご機嫌うるわしく---―と型通りの挨拶をする頼房は、家光とほぼ同年代---ほんの少し上だろうか。傍らの童は、緊張の面持ちで座っている。
―此なるは、わが嫡男。『子龍』にございます。―
童は、頭を下げ、教わったばかりであろう口上を一生懸命に申し上げる。
―可愛いものじゃの。―
思わず口元が緩む。
「伊達殿、わが徳川の『龍』は如何かな?―頼房、伊達政宗じゃ。会っておるな?」
家光の声に、は---と頭を下げ、政宗と頼房は互いに会釈を交わした。
そして、頼房は、童に―伊達様じゃ、ご挨拶せよ。―と傍らを見た。
童は丁寧に頭を下げ、―子龍にございます。以後、お見知りおきよろしゅうお願い申し上げます―と口上を述べ、それから、くっ---と顔を上げて政宗を見た。
「伊達殿は、二つ名を『独眼竜』と言うてな、そちの名と同じじゃ。」
家光の言葉に童は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにニッと笑って言った。
「では、伊達殿は拙者の今ひとりの父上ですか?」
童の他愛のない一言に場が、瞬時、笑顔になった。
「なかなか利発なお子ですな。それでは、我れはこれにて---」
政宗が拝謁を済ませ、控えの間で一息入れていると、程なく頼房親子が戻ってきた。頼房は政宗に会釈すると、
「しばらく、ここで待て。」と童を置いて何処かへ消えた。童は、大事そうに拝領の玩具を抱えていた。政宗に気づくとぺこり---と会釈した。
そして、政宗をじっ---と見た。
「如何しましたかな?子龍殿。」
政宗は、童に声をかけた。
「だてさまは、いくさを沢山、されたのですか?」
童は、唐突に聞いてきた。
「何故、そう思われますのかな?」
政宗は、いきなりな問ににこやかに応じた。溜まりの間でよく武勇伝を披露していたし、漏れ聞いていたか---と思った。童は答えた。
「父上やほかの方と、ようすがちがうので---」と言い、ちらっ---と政宗の右側を見た。
「お付きの方が、鎧の胴を着てらっしゃるから---」
政宗は、思わず、自身の右側を見た。誰も供はいない。---が、心あたりはあった。そして、少し嬉しくなった。―小十郎だ。---―
「そうじゃな。沢山、戦をした。そして歳を取ってしまった。」
政宗は微笑んで、応えた。
「わたくしは、いくさを知りません。武士だから、いずれは いくさに行くのでしょうか?」
「怖いのか?」と訊くと童は、頭を振った。そして、また唐突に言った。
「いくさが無かったら、わたくしは、どうやって大人になるのか、わからないんです。」
なんというませた子じゃ---と思った。そして、自らの眼帯をチラ---とずらし、童を見た。疱瘡でこの世のものは見えなくなったが、時折、この世ならぬものが見える。
江戸城の者達は『龍の眼』のことは誰も知らない。が、この童は見てみたくなった。眼を見られないよう、手で隠しながら、童を見た。
肩に---小さな白い龍が乗っていた。ニコ---っとこちらを見て笑った。
政宗は、眼帯を戻し、童に言った。
「学問を、なされませ。道が見えてきますよ。」
「はい。ありがとうございます」
童は元気よく応え、会釈して―子龍?―と呼ぶ父の方へ去っていった。
「あの童の生まれ育った『水戸』とやらを見てみたくなった。」
政宗は、どっかと腰を下ろし、目を細めた。
常陸の国が、どこまでもまっ平らなことに驚くのは、この後のことである。
―確かに佐竹には勿体ない---―と言ったかどうかは定かではない。
夢幻泡影 葛城 惶 @nekomata28
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