第3話 存在意義

お正月を過ぎて、だんだん暖かくなっていく頃、お母さんは悪阻つわりに悩まされた。

子どもの私は悪阻をよく知らないが、どうやら気持ち悪くなったり、食欲が湧かなかったり、大変らしい。

私が産まれてから仕事をしていなかったお母さんは、家事もせず、部屋のソファで横になってテレビを見ているだけの日が多くなった。

だから、私はお母さんの助けになれるように、と掃除をしたり料理を作ったりするようになった。

「志乃、本当にありがとうね。志乃はいいお姉ちゃんになるわね」

お母さんにそう言ってもらえると嬉しくて、褒められ慣れていない私はどこかくすぐったかった。

褒められることで自分の価値を見出していた。

「ただいま、おぉ部屋が綺麗だな」

お父さんが帰ってきた。私がやったんだよ、と得意げに話しながら、夕ご飯の準備を進める。今日の夕ご飯は私が調理実習で学んだ、なけなしのレシピのひとつである肉じゃがだった。

「美味いじゃないか、ありがとう、志乃」

普段はあまり褒めないお父さんに褒められて、もっと嬉しくなった。

お父さんもお母さんも、私を必要としてくれてるんだな、そんなことをひしひしと実感して、幸せな気持ちになった。



数週間が経ったある日、家に帰るとお掃除ロボがいた。

「志乃に掃除を任せるのは大変だろうと思って、父さんがボーナス叩いて買ってきたんだ」

お父さんは得意そうに鼻を鳴らす。

お母さんもお掃除ロボの仕事ぶりを見ながら嬉しそうだ。

「そ、そっか、ありがとう。お掃除ロボ、すごいね」

私はそれだけ呟いて外に出た。

何だか家に帰りたくなかった。掃除は私の仕事なのに。どうしてロボットが私の代わりに掃除しているの??

ランドセルを背負ったまま近所の公園まで来てしまった。

家に帰る時間を教えてくれるカラスが呆けた声で鳴く。

それでも家に帰るのは何だか嫌だった。

お父さんもお母さんも私を必要としていないのかな。

私の仕事を奪ったロボットを妬ましく思い、それと同時にそのロボットを買ってきたお父さんを憎たらしく思った。

教科書がたくさん入ったランドセルを背負っているはずなのに、ありえないほど軽く感じた。まるで私の存在のようだった。

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だいたいにんげん まるもち @marumochi_06

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