最終話 勝負の行方

 正義が必ずしも人を救わないように、悪もまた人を苦しめるとは限らない。彼女の悪事は……少なくても今の時代では、多くの人に希望を与えていた。日々の鬱憤を晴らし、その世界に未来を与える。


 彼女のやって来た事は、人々にとって救いとなる行いだった。だが……それでも、犯罪は犯罪。法の世界を犯した、犯罪者に過ぎない。それがどんなに素晴らしいモノだとしても……探偵の前では、一人の犯罪者になってしまうのだ。

 

 ロードは鋭い眼で、少女の目を睨みつけた。


「本当なら、君の事を捕まえたいけれど。今のオレには、つぅ。この国は、物証主義だからね。君を確実に犯人とする証拠が無ければ」


「捕まえる事はできない。そこら辺は、完璧だからね。仮に私を捕まえられたとしても」


「君の事だ、簡単に脱獄できるだろう。君にとっての監獄は、単なる鉄格子の部屋にしか過ぎない」


「だったら」


 ティアナは勝ち誇った顔で、彼の周りを歩きはじめた。


「私の事を諦める?」


「いや」


 ロードは、彼女に向かって構えた。


「君諸共、あの人と鉄格子の中に入れる。君はそこを抜け出せるかも知れないが……彼は、そうは行かない。非道な手段で」


「ふーん。彼が犯罪者だって事、分かっているんだ」


「君は、本物のお宝しか狙わない。あの人は、自分のお宝を『模造品だ』と言っていたけれど。君の犯罪歴を辿って行けば……君は、相当の観察眼を持っている。それこそ、一目で本物か偽物かの区別ができるくらいに。君が今回の獲物を狙った時点で、このお宝が本物だと」


「流石は、帝国でも指折りの探偵ね」


 ティアナは、彼の正面で足を止めた。


「それで? どうやって、彼の悪事を暴くつもりなの?」


「それは、言えない。それを言ったら、君に邪魔されてしまうからね」


 ロードは、両手の構えを解いた。


「君は、金持ちや政治家の家からお宝を盗む一方で」


「世の中の人が、『それ』を望んでいるからだよ」


 ティアナは、彼の頬に触れた。


「あなたは、悔しくない? お金持ちの人達が良い暮らしをしている一方で、貧民街には……今も飢えや病気に苦しんでいる人達がいる。両方とも、同じ人間なのに。彼等は、生まれながらの格差に苦しめられているんだ。人は、誰でも……くっ。私は、その不平等が許せない」


「でもだからと言って、物を盗んで良い事はならない」


 ロードは、床の上に目を落とした。


「どんなに辛くても、人間は真っ直ぐに生きなきゃダメなんだ」


「くっ」


 ティアナの目に涙が浮かんだ。


「あなたは、やっぱり探偵だね」


 彼女は(今度は躱されないように注意しながら)、自慢の秘密道具を使って、目の前の探偵を気絶させた。



 それから数日後が経っても、お宝の場所は分からなかった。


 ティアナは町の中にあるすべての銀行や貸金庫を探したが、それを見つけるどころか、その手掛かりすらも見つけられず、挙げ句は「どうしてないの?」とパニックになってしまった。


 ロナティはそんな彼女の事を気遣い、できるだけ優しい言葉を投げかけた。


「焦っても仕方ないわ。ここは、落ち着いて」


「分かっているよ!」


 ティアナは彼女の厚意を無視し、テーブルの朝刊に手を伸ばした。朝刊の記事には、信じられない! あの仮面が、アウグストゥスの仮面が載っていた。「これって」と驚きつつ、朝刊の記事を読んだ。


 朝刊の記事には、「失われた秘宝。古代の宝が今、蘇る」と言う見出しと、その内容が書かれていた。仮面が見つかったのは三日前、〇月□日の夜だった。仮面はある人物、匿名の人物から送られてきて。当美術館は、その送り主を不審に思ったが、警察に届ける前に「それ」が本物かどうか確かめようと言う事になったので、美術館の職員を集めて、当該仮面の鑑定を行った。

 鑑定の結果は、白。この仮面は、「本物だ」と言うのが分かった。我々はその事実に感銘し、警察に届けた後も、執拗に「この仮面を当美術館に展示させてくれ」と頼んだ。警察はその事を渋ったが、有名政治家、オルガ・ハヌマン氏を逮捕した影響もあって、面倒事を回避したいのか、我々の要求に渋々ながらも賛成してくれた。我々は、仮面の寄贈者に感謝した。彼または彼女の行った行為は、古典美術史上、尤も誉れある事だからである。


「やられた!」


 ティアナはテーブルの上に朝刊を投げると、悔しげな顔で椅子の背もたれに寄り掛かった。


「彼は、最初から持っていたんだ。何処かの銀行に預ける事無く」


 ロナティは朝刊の記事を読み、それからすぐ、ティアナの顔に視線を戻した。


「盲点だったわね」


「くっ」


「でも、良いんじゃない?」


「え?」


 ロナティは、カップの紅茶を啜った。


「あなたの正体は結局、バレていないし。特殊道具の件は、痛かったけれど。元々はあなただって、美術館にあの仮面を寄贈するつもりだったんでしょう?」


「た、確かに、そうだけど。でも!」


「悔しいなら、また挑めば良いじゃない?」


 ロナティは、相棒に微笑みかけた。


 ティアナは「それ」に怯んだが……彼女にもやはり、誇りがあるのだろう。最初は落ち込んでいたが、朝食を食べ終えた頃にはもう、すっかり元気を取り戻していた。


「そうだね。今回の勝負は、負けちゃったけど。次は、絶対に勝つ」


「それは、向こうも思っているかもね? あなたの事は、結局捕まえられなかったし。探偵としては、やっぱり悔しいでしょう」


 ティアナは部屋の窓に行き、その風景をじっと眺めはじめた。

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アウグストゥスの仮面 読み方は自由 @azybcxdvewg

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