第7話 探偵の矜持
悪魔の質問、と言うべきか。表面上は至って普通なのに、その裏には途轍もない圧が感じられた。相手の思考を遮る、なんて生やさしいモノではない。少年の質問には、彼女を圧するだけの空気が潜んでいた。探偵と怪盗の邂逅。新聞の記事等で彼を知っていた怪盗は、本能的な恐怖から、その体を思わず震わせてしまった。
「あ、あの」と、瞳の方も震える。「あ、あなたは?」
「オレ? オレは」の部分で、微笑む少年。「探偵です。あなたの主人に雇われた。今日は、彼のお宝を守るために」
「だ、旦那様のお宝を?」
あくまで屋敷のメイドになりきった。先程は、思わず取り乱してしまったけど。もしかしたら、まだバレていないかしれない。僅かな希望だが、その希望に賭けてみる事にした。
「どうして? そんなに慌てているの?」
また、同じような質問。
ティアナは彼にバレないよう、尤もらしい嘘をついた。
「屋敷の中を掃除していたんですが……その、警官の人が倒れているのを見つけて」
を聞いて、少年の目が鋭くなった。
「人を呼びに行こうとした?」
「はい」
「何処の警官が倒れていたの?」
ティアナは一瞬考えたが、すぐに「お部屋の前です」と答えた。
「旦那様のお部屋を守っていた。私は『それ』を見つけると、持っていた掃除用具を捨てて」
「捨てた用具は、何処にあるの?」
ティアナの顔が青ざめた。普通は、そんな事は聞かない。
「さ、さあ? 夢中だったので、良く覚えていません」
「そう」
ロードは彼女の顔を見つめたが、やがて嬉しそうに「クスッ」と笑った。
「彼のお宝は、見たの?」
「え?」と驚くティアナだが、何とか平静さを取り戻そうとした。「い、いえ。お部屋の中には、入っておりませんので」
「そう。なら、盗られたかどうかは分からないんだね?」
「はい」の次に「ごめんなさい」を言い添えた。「本当なら」
「確かめるのは、警察の仕事。君は、ここのメイドでしょう?」
ティアナは、彼の言葉にホッとした。どう言う理屈かは分からないが、とりあえずバレてはいないらしい。彼女が「ありがとうございます」と言った時も、特に追求される事はなく、その場から歩き出す事ができた。
「警察の人には、私から」
「その必要はない」
「え?」
ロードは、彼女の背中に叫んだ。
「今の会話で、十分分かったからね」
何が分かったのだろう?
そう思った瞬間に、少年から驚くべき言葉が発せられた。
「メイドさん」の声が近づく。「君が、噂の」
少年は、彼女の前まで歩を進めた。
「快盗少女だね?」
頭が真っ白になった。声の方も固まって、「違う」と言っても、上手く発音できなかった。不安な顔で、少年の顔を見返す。
ティアナは「まさか」と惚けつつ、目の前の少年に「そんなわけないですよ」と言った。
「私が快盗少女なんて。私は、この屋敷に仕えるメイドです」
「証拠は?」
ロードは鋭い眼で、目の前の少女を睨んだ。
「君がもし、ここに仕えるメイドなら。当然、その事を証明できるよね?」
チャンスだと思った。変身相手の事は、一人残らず調べきっている。
ティアナはホッとした顔で、自分の個人情報を言い述べた。どうだ? これなら、流石の彼もお手上げだろう。勝利を確信した彼女は、僅かながらも笑みを浮かべた。
ロードは、その笑みに目を細めた。
「なるほど。君は相当、記憶力が良いんだね?」
「そ、そんな事はありません! ここの仕事をする上では、当然の事ですから」
彼女の中に余裕が生まれた。それこそ、「クスッ」と笑えるくらいに。今の彼女は安全な場所から探偵を眺める、一種の殺人犯になっていた。
「あなたの方こそ、記憶力が良いんじゃないんですか? 屋敷の人が噂していましたよ? あなたは、『文字通りの天才だ』って」
「そう」
ロードは、「天才」の部分に興味を抱かなかった。
「その記憶が正しければ、君が自分のした事を忘れない人間……である筈だよね?」
「え?」と、少女の顔が強ばった。
「君は、初歩的なミスを犯した」
「しょ、初歩的なミス?」
「掃除用具の置き場所について。普通の人間なら……今回の場合は少し特殊かも知れないけど、用具の置いた場所を忘れたりはしない。仮に忘れたとしても……大抵は、事件現場の近くに置いてある筈だ。突然の事に驚いてね、近くの床辺りに」
ロードは、彼女の目を睨みつけた。
「主人の部屋に案内して」
「ぐっ」と、俯くティアナ。「それは」
「できないの?」
「うん」とうなずかなかったのは、彼女の中で覚悟が決まったからだ。彼の推理からは……おそらく、逃げられない。掃除用具の片付け方から、ここまで推理するなんて。彼はやはり、厄介な少年だった。
真っ直ぐな目で、彼の目を見据える。
ティアナは特殊道具を使って、目の前の彼を気絶させようとした。
だが、「これは!」
ロードもロードで、弱いわけではない。彼女の道具が特殊道具であると見抜いた瞬間、その動きを上手く躱して、今度は自分から彼女に挑みかかった。二人の攻防が続く。相手のパンチが唸れば、そのパンチを防いで、逆に勢いよく蹴り返した。
ティアナは息こそ上がらないものの、「このままではマズイ」と思って、彼の鳩尾に拳を思い切り叩き込んだ。
ロードはその痛みで、地面の上に倒れ込んだ。
「ぐわっ、くううっ」
「あなたに秘密を見られたのは、癪だけど。まあいい」
ティアナは、彼の耳に囁いた。
「本物の仮面は、何処?」
「く、くぐっ」と悶えるロードだが、その質問には何とか答えられた。「教えると思う?」
「教えないと、もっと痛い目に遭うよ?」
「そ、それでも良い。依頼人のお宝を守れるなら」
「そのお宝がたとえ、悪いやり方で手に入れた物でも?」
ロードはふらつく足取りで、床の上から何とか立ち上がった。
「それを取り返すのは、怪盗の仕事じゃない。オレ達、探偵の仕事だ」
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