第6話 運命の邂逅

 「おかしい」と思ったのは、警官の一人に化けてしばらく経った時だった。いつもなら山ほどいる筈の警官達が、今日に限ってはほとんど見られなかった。屋敷の中を見渡して見ても……視界に入ってくるのは、ごく少数の警官だけ。警官達は互いの顔を見合うと……クリス警部の指示なのか、特殊な合い言葉を使って、それぞれが本物なのかを確かめ合っていた。

 

 ティアナはその様子に戸惑ったが……そこは一流の怪盗、すぐさま合い言葉の規則性を推理して、自分の正体を上手く隠す事ができた。「危ない、危ない」と肝を冷やすが、内心では「今日の警備は、何だか違う」と訝しがっていた。


 いつもの警備なら、こんな事はあり得ないのに。

 

 彼女は一抹の不安を抱きながらも、今度は屋敷のメイドに変身して、同じメイド達から必要な情報を集めはじめた。


 「アウグストゥスの仮面」は、何処にあるのか。その答えを知っていたメイド達は、彼女に仮面の在処を教えた。アウグストゥスの仮面は、オルガ氏の部屋に置かれている。部屋の中には滅多に入れないが、以前に部屋の中を掃除したメイドは、「そこにあって間違いない。私は、この目で見た」と訴えた。


 ティアナは、その情報を心から喜んだ。自分の部屋にお宝を飾っておくなんて。彼女から言わせれば、不用心にも程があった。本当に大切な物なら、金庫の中にでも隠して置けば良いのに。

 

 彼女は情報をくれたメイド達に微笑むと、彼女達から部屋の場所を聞いて、すぐさまオルガ氏の部屋に向かった。部屋の前には、二人の警官が立っていた。警官達が「ん? 君は」と聞いてきた時にはもう、隠し持っていた特殊道具を使って、二人の警官を気絶させていた。


「ごめんなさい」


 ペロっと出した舌が、可愛らしい。


 彼女はまた特殊道具を使って、部屋の鍵を開けた。部屋の鍵は、すぐに開いた。彼女が扉の鍵穴に特殊道具をかざすと、まるで魔法にでも掛けられたかのように、部屋の鍵が「カチャリ」と開いた。

 

 ティアナは「ニコッ」と笑って、部屋の中に入った。部屋の中は、殺風景だった。家具と思われる物はもちろん、それに付随する装飾品もほとんど置かれていない。部屋の窓には一応カーテンが掛けられていたが、それも見るからに粗末な物だった。

 

 彼女は、その光景に汗を浮かべた。


「想像とは少し違っていたけど。まあ、良いか」


 今はとにかく!


「お宝の方を探さないとね」


 ティアナは「フフフ」と笑って、オルガ氏のお宝を探しはじめた。


 だが、「おかしい」


 彼女の手が止まった。考えられる所は、すべて探したのに。


「お宝がぜんぜん見つからないなんて」


 妙な胸騒ぎがした。


 彼女は床の上から腰を上げると、自分の周りを見渡して、部屋の中をもう一度調べはじめた。一回目の時は、調べなかった場所も含めて。

 オルガ氏がもし、彼女の予告状に恐れをなしていたら。別の場所にお宝を移していても、何ら不思議はない。彼は臆病者ではあるが、それだけ狡猾な人物なのだ。

 

 ティアナは調査の手を止めると……考えの視点を変えたのだろう。最初の目的を捨てて、隠し場所の手掛かりになりそうな物を探しはじめた。


「これも違う、これも。これなんか」


 彼女の中で焦りが出て来た。


 これは、一杯食わされたかも知れない。


 ティアナは言い様のない悔しさを感じながら、部屋の床を静かに踏み付けた。

「くそぉ」の声に重なって、一種の推理が走りはじめた。「仮面を隠した場所、だけではない。それをした人間は、一体誰なのだろう?」と。

 クリス警部は、以前に倒した(と言う表現はおかしいかもしれないが)から違うとしても。警察の中に彼よりも優秀な人がいるのか? 

 

 クリス警部は最高の、警察署の中では一番の警部として知られている。彼が関わった事件で、(自分を除き)未解決な事件は一つもない。彼の推理は……。

「彼の推理は、ロード探偵による所が大きい」

 

 以前に起った博物館爆破事件も! その事件を解決したのは、他でもない探偵のロードだった。彼は爆弾の設置場所から、犯人が館長に恨みのある人物と特定したのだ。


 少女の頬に汗が伝う。

 

 ティアナはその汗を拭って、その場から勢いよく逃げだした。

 

 ここにいたらマズイ。アウグストゥスの仮面を隠したのも……おそらくは、「彼」の入れ知恵だろう。オルガ氏は予告状が送られてきた数日後、彼の探偵事務所を訪れて、彼から色々な助言を受けたに違いない。「今日」と言う日に備えて、万全の備えをしていたに違いないのだ。警備の警官が少なかった理由も……。


「たぶん、彼の作戦だろう」


 私の変身を阻むために!


「変身の対象が少なくなれば」


 ティアナはそこまで言って、その続きを飲み込んだ。彼の作戦がもし、今も生きているのなら。自分がこうするのも、既にお見通しかも知れない。すべてを放って逃げだした行為が。


 彼女はそれに震え上がったが、視線の先にある少年を見つけると、今までの不安を忘れて、阿呆のように「なっ!」と立ち止まってしまった。


 少年は穏やかな顔で、彼女の前に歩み寄った。


「どうしたの? 何をそんなに慌てているんだい?」

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