第5話 仕掛けられた罠

 応接間の中には、(クリス警部も含めて)オルガ氏の家族が集まっていた。

 

 オルガ氏の家族は……最悪ではないのにしても、あまり気持ちの良い連中ではなかった。ロードが「こんにちは」と挨拶した時も、「ああん」と言いながら睨みつけて来たし。それから自己紹介をした時も……オルガ氏の妻あたりは「え?」と驚いていたが、それ以外はロードの事を嘲笑っていた。

 

 オルガ氏は彼等の態度を叱ってからすぐ、ロードに対して「申し訳ない」と謝った。


「家の者が失礼した」


「い、いえ」


 そんな事はありません、と、ロードは苦笑した。


「こう言うのは、慣れていますから」


 オルガ氏の長男、名前はユビリィ・ハヌマンと言うらしい。彼は少年の顔をしばらく見ていたが、やがて吹き出すように「プッ」と笑い出した。どうやら、ロードの言葉が相当可笑しかったらしい。


「可愛そうな子だね。君の事は、個人的に興味を持っていたけれど」


「ガッカリしましたか?」


「僅かにね。君は、やっぱり」


「止めろよ」と、次男のハロンド氏が言った。「また、笑いたくなるじゃねぇか?」


 彼も彼で、相当良い性格をしていた。


「高がガキの探偵に。ハヌマン家の名も地に落ちたな。何処かの怪盗女にも狙われて」


「本当よ!」と、末っ子のレイチル嬢もうなずいた。「朝からこんな所に集められて。こっちは」


 ロードは、彼等の言葉に頭を下げた。


「それについては、謝ります。ですが」


「何だよ?」と、ユビリィ氏。


「皆さんの協力なくしては、大事なお宝を守る事はできない。ましてや、快盗少女を捕まえる事も」


 三人の子供達は互いの顔を見合い、そしてまた、ロードの顔に視線を戻した。


「俺達の協力が?」


「はい」


 オルガ氏の妻、ミラー夫人は不安な顔で、少年の顔を見つめた。


「何をすれば、よろしいのですか?」


 ロードも真面目な顔で、彼女の目を見返した。


「快盗少女は、変装のプロです。彼女は……どう言う理屈かは分かりませんが、特定の人物にすっかり変装できる。プロの目から見ても、分からないくらいに。彼女は、ここにいる」


「ま、まさか」と、ユビリィ氏が動揺した。「そんな事があり得るのか?」


「あり得ます。あなた達に化けて、この屋敷に入り込む事くらい。彼女には、朝飯前でしょう」


 を聞いて、三人の顔が青ざめた。特にレイチル嬢は、快盗少女が余程怖いのか、ややヒステリックになっていた。


「ふ、ふざけないでよ! あたし達の中に快盗少女がいるなんて。冗談でも」


「いえ」と、ロードは首を振った。「冗談ではありません。その可能性は、充分に考えられます。最初は、警官として屋敷の中に入り」


「お、俺達に化けて、宝を盗むって言うのか?」


「あなた達に化ければ、屋敷の人にも怪しまれませんからね。お宝の方も」


 ロードは、その場にいる全員の顔を見渡した。


 二十代の後半と思われるユビリィ氏、それよりも年下のハロンド氏。末っ子のレイチル嬢はまだ十代だったが、老け顔らしく二十代の前半程に見えた。


「簡単に盗めるでしょう。お宝の場所さえ知っていればね。途中でバレでも、目撃者を気絶させれば良い」


 三人は恨めしい顔で、少年の顔を見返した。


「『俺達に何をやらせよう』って言うんだ?」


「別に何もありません。ただ、ここにいて貰えれば良いんです。快盗少女を炙り出すために。警察の人達も」


「おそらくは、本物だろう」と、クリス警部が言う。「こちらで調べた限りは」


 ロードは彼の言葉にうなずき、そしてまた、オルガ家の家族に視線を戻した。


「仮にまだ、警官の中に怪盗少女が紛れていたとしても」


「俺達がここに集められている限り、下手な事はできないって事か?」


「いえ。相手は、あの快盗少女ですから。ここにいる人に化けなくても、屋敷の関係者……例えば、新人のメイド辺りに化ける可能性もある」


「それじゃ、こんな所に集まっても」


「意味がない、わけではありません。あなた達がここに集まっている以上……それでも完璧ではありませんが、変装の幅を狭められる。同じ人間が二人もいたら、流石に怪しまれますからね」


「なるほど。しかし、それも既にお見通しだったら? ここに俺達が集まる事を見越して」


「そ、そうよ」と、レイチル嬢もうなずいた。「気絶させられたら意味がない。彼女には、それをするだけの力があるんでしょう?」


 彼女は不安な目で、探偵の顔を窺った。


「確かに」と、うなずく探偵。「ですが」


 探偵も、彼女の目を見つめ返した。


「その心配は、ないでしょう」


「どうして?」


 ロードは、彼女の疑問に微笑んだ。


「今の不安が当たっているなら、オレ達はとっくの昔に気絶させられています。特にオレのような探偵は、彼女が仕事をする上で最も厄介でしょうから。厄介な人間は、早々に潰すのが定石です」


「それをしないって事は?」と、ハロンド氏。


「『この中には、快盗少女はいない』って事です。少なくても、今の段階では」


 応接間の人々は、それぞれの顔を見合った。


「そうか、それなら」


「え、ええ。とりあえずは、安心ね」


 ホッとする二人を余所にして、ユビリィ氏だけは複雑な顔を浮かべていた。


「この中に泥棒がいないのは、分かった。分かったが」


「それでも、快盗少女が狙っている事には変わりはない?」


「ああ。今こうして、話している間にも」


 ロードは、彼の不安に目を細めた。


「その事なら心配ありません」


「え?」と、(オルガ氏を覗く)全員が驚いた。「心配ない?」


「はい」


 ロードはクリス警部を一瞥すると、彼に「行って来ます」と言って、応接間の中から出て行った。

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